忍が一匹侵入りこんでいることには気がついていた。当然、対馬守(名を安部対馬守重定。黒脛巾組を束ねる筆頭人)からも報告はきていたが今しばらく様子を見るように指示を出した。見張りの目は滞らせるなと言っておいたにもかかわらずその影を見失ったのが今から四半刻前のこと。 もともとこの米沢城は忍びにくい造りをしている。それは味方、敵方どちらにも言えることだがそれでも抜け道はあるものだ。事実、こうして忍びこまれていることがなによりの証。 黒脛巾組は基本として城全体に忍んでいるが数箇所だけ忍を配置していない場所がある。それでも忍は巡回しているのだから問題はないが、が普段過ごしている部屋だけは忍ではなく伊達家に奉公している武士をあてがっている。これは本人からの進言あっての処置だ。 曰く、すがたのない気配はうっとうしくて気障り。 ナギサは武人ではないが気配を覚りやすい人間は少なくない。 多少の安全を欠いたとしても眠れないよりはましかと思ってのことだが、同時にそれは罠だ。 の存在は傘下の大名のみならず家臣にすら正式に伝えてはいない。もちろんそれは近隣諸国にも同じことが言えるが人の口に戸は立てられないもの、かならずやどこからか情報は洩れる。さすればいかなる理由であれ彼女を狙う輩が現れるはずだ。 つまり、政宗はの希望を踏まえた上で彼女を釣り餌にしている。直接を狙うにしては寝起きしている場所が判別しづらく、城に侵入りこむにも別口を選ばざるを得ないのだ。そしてなにより警備が手薄。見張りの忍が追えない代わり、彼女が起きれば ここまでにある政宗の誤算はふたつ。ひとつはの性質を若干読みちがえたこと。もうひとつはクロエの存在だ。敗因は二一世紀産フ女子の、もはや妖怪クラスといっても過言ではない化けの皮の厚さとかぶった猫の数を把握できないことに尽きる。 そもそも大名家の人間である彼には同年代の女が自分と同じように策を練り、黙秘を敢行するという考えがうすいのだろう。ある意味でに夢を見ていたわけだ。ばかにするつもりはないが、こればかりは年季の差だろう。時代の流れはもとより男と女では駆け引きの仕方も材料も大幅に異なってくるのだ。どちらが陰険で後腐れするかは言うにおよばない。 期待通りの展開か、はたまた予想通りの結末か。その二択しかなかった政宗の想定内外を大きく飛び越えたのそれは盤上の戦況どころか盤そのものを理不尽に引っくりかえしたのだった。 |