角を曲がり、正門ではなく馬に騎乗して駆け出るためという門――こちらは普段封鎖されているので門兵が配置されていないらしく、わざわざ隠れるまでもなく城外へ出ることができた。
 聞けば、米沢城の城下町は城を中心に円を描くように展開されているのだと言う。
 まず米沢城前の坂をくだってしばらくすればすぐさま城下町にはいるがそれより先には細い川が横断しており、その向こうは板屋根の足軽長屋がいくつもならんでいる。足軽とはいっても軍の大半は立て札を見て志願してくる農民だからそこにいるのは傭兵や牢人ばかりだと政宗は言った。
 町には、活気があった。
 やはり奥州筆頭の膝元である土地だけあって人口が多く、しかし店をかまえている者よりも地べたに藁筵わらむしろを敷いて品を売る露天商や連雀商人のほうが多いのは土着の商品が少ないからだろう。せいぜい米や野菜、桂女が運ぶ川魚くらいか。
 いくら政宗が異国めいたものを好み、いわゆる伊達な恰好をしようともそういったものが集まるのは京や港を持つ国にかぎられる。たとえ京で新しい色の紅が流行ろうとも奥州にはいってくるころには廃れている、それが田舎のデメリットだ。
 いちばん手っ取り早いのは京と手を組んで交通の風穴を開けること。しかしそのためには奥州から京までの間に拠点を持つ大名を一時的にでもおさえなくてはならない。まずは目先の上杉、武田。史実の伊達は豊臣政権のとき北条、徳川と同盟を組んでいたはずだが――その前に。
「今の情勢はどうなっているの」
「ん?」
 歯で先端にずらした最後のひとつを口に入れ、串をくわえたまま政宗は首をひねった。
 日傘に、緋毛氈を敷いた長椅子。まるい茶のみには水色が鮮やかな煎茶があたたかな湯気をあげ、皿には白い団子が四つ串で貫かれている。有名なのは三兄弟だがまがいもので四姉妹もあるらしい。
 政宗に連れられて城下町をぐるりとまわり、今は甘味処の店先で休憩中だ。暖簾の号を見るに、ここが籐太の言っていた蔓屋らしい。主人が自ら大釜で茹で揚げているという団子は十割米粉のためか独特の歯ごたえがあり、ほんのりした甘さがちょうどいい具合だ。まだしょう油がない時代だからみたらしや磯部巻きといったバリエーションこそないものの、これはこれで。
 もまたあたたかい団子を半分噛みちぎり、咀嚼しながら頭からずり落ちてきた布を巻きなおす。蝶の刺繍がなされたこの布は町におりてすぐ政宗がに買い与えたものだ。
 曰く、髪が目立つ。
 たしかにの髪はほかの女性とくらべて短く、もしかしたら政宗よりも短いくらいだ。短髪の女性というのはたいていが金銭のために売ったというのが定評らしく、そのままさらしていたのではなんだからということだ。
 もちろん政宗自身がそこまで語ったわけではなくが事実として知っていることを彼の行動に当てはめて結論づけただけだが、まったく彼の気のまわし方は的確だ。本人にはとても言えないが、母親や姉妹と折り合いがわるかったりすると男は毛ぎらいするか無意識に優先するかになるのだとか。
 まあどうでもいいけど、とはもう半分を串から歯で引きはがす。
 となりでは政宗がべつの姉妹の長女に食いついていた。意図してではないが、いやな表現。
「戦の準備もないようだし、田植えも順調。平和そうだけど天下泰平ってわけじゃないんでしょう」
「ああ。だがおまえが知ってどうする」
「さあね、わたしにはなにもできないもの。でも身のふり方は変えられる」
「ここを出て他国へ、か」
 おもしろそうに口の端を釣りあげて、政宗。
 それを横目で見たはげんなりして真正直に肩をすくめる。
「知り合いつくるところからはじめるなんて、冗談」
 奥州を出るとなると考えられるのはほとんどが内陸だ。キャラクタとしてどこのだれがいるのかという基本的な情報もなしにそんな賭けには出たくない。たとえわかったとしても性格的なものもある。政宗とはあつらえたかのように馬が合ってとんとん拍子で話が進んだが他勢力でこうもうまくいくとは現時点だとひたすら考えにくい。
 ペンキをぶちまけたような濃い青をした空を見あげながらは息をついた。もう何度思ったかもわからないが、実に良いめぐり合わせだ。
 むぐむぐと口を動かしていた政宗はそれを嚥下すると串を持ったまま長椅子をおりてその場にかがみこんだ。串の先で地面を引っかいてひしゃげた楕円をいくつか描いていく。
「まずはここ、奥六郡がおれの領地だ。それから越後の上杉、甲斐の武田、小田原の北条に駿河の今川、尾張の織田」
 ところどころに円を描き、名前を書き入れていたところで串がばっきりと折れた。まっぷたつになったそれを政宗はじいと見つめ、何事もなかったかのように平然とそれをたたんでひとつに持ちなおし、さらに勢力を書きたす。
 長椅子から見おろすのも首がつらくて、けっきょくはもその場にかがんでその図を覗きこんだ。
「駿府の徳川、加賀の前田、近江小谷の浅井はほぼ織田軍と考えていい。大坂に本願寺っつー寺院があるがそこは現在織田と交戦中、ここと組んでいるのが紀伊の雑賀衆と中国の毛利。で、その毛利は瀬戸内海はさんで四国の長曾我部とにらみ合いだ。最後に九州の島津。薩摩に引っこんじまっているがとんだ豪傑らしいぜ」
 言いながら政宗は勢力同士をつなげたり、ばつマークを書いたりし、粗方の図がなったところで串の先を奥州に向けた。
「今の奥州はどことも組んじゃいねえ。腹立たしいことだが上杉と武田が壁になって手が出ねえからな。北条と組もうにもあそこは武田、今川と三国同盟ってな具合だ」
「逆に言えば、上杉と武田があるから織田の進行がはばまれているんでしょう。あの二大勢力があるかぎりは安全ね、ここ」
 まあな、とかえした政宗の声はどこか拗ねた風だ。
 むりもない、越後の龍に甲斐の虎と比較したら奥州の独眼竜なんて知名度ではとかげくらいが関の山だろう。
「それにしたって」
 つぶやき、は全体を見渡す。知ってはいたが勢力がめちゃくちゃだ。家名的に問題はなくとも率いている武将には大ありだ。ご都合主義のゲームにありがちな展開だがこれでは今後の動きが予想できない。たとえば武田信玄と上杉謙信。彼らは川中島で五回も交戦し、またどちらも病没するのか。たとえば織田信長。自らを魔王と称す尾張の大うつけは本当に明智光秀に本能寺で討たれるのか。
 今はまだ乱世。これほどの武将がそろっているのにだれも天下に手が届いていない状態。
 気になるのはやはり流通のこと。統一すらままなっていないのだから検地は行われていないと見ていいだろう。楽市楽座も当然ないなら兵農分離政策もなされていない。ならば天下を取る早道は、
「銭の流れをつかむこと」
 奥州に港町はない。近いところで越後に三つ、太平洋側はこの時代では使えない。あるのは領内各地にある城下町くらいで寺内町や門前町もなかったはず。
 冬が来れば陸の孤島となるのだろう奥州は交易には実に不向きだ。逆説、冬場は攻めこまれにくいということ。冬になってつらいのは農民たちだ。そんな中わざわざ進軍しようとするのはスマートではない。近隣国である上杉と武田がの知る彼らであるのなら、なおさら。
Not so bad.
 ぺろりとは唇を舐めた。自分でものん気なものだと思う。なにせ、いつ殺されるかもわからない状況で楽しんでいるのだから。
 遅れてきた戦国武将、伊達政宗。
 ゲームだとしても彼がいる大舞台は興味深い。まさかの織田信長エンディングも気にならないではないが、いや、興味云々で言ったら戦乱の世に散ったどの勢力の天下も見てみたい。だがが身を寄せたのは奥州。それなら少しでも手助けてやるのが観客の務め――要するに盛りたててやればいいのだ。
 ただし口を出すのはあくまでも机上で行えるのみのこと。分野にまで首つっこむ趣味はない。
 ルール無用のこの世界、時勢に任せるだけでなく多少を曲げてでもきれいに刈りとりたいものだ。
「なんてね」
 考えを払いのけるように笑い、裾を気にしながらはすっくと立ちあがる。
「片倉さま困らすのも終わりにしてさ、お団子買って帰ろう」
 ばきばきと串をさらに細かくしていた政宗が見あげた片目と視線が合い、浮かれた気分で彼に手を差しだした。




ここで私は生きていく