「そう。経緯は彼の名誉のために伏せておくけど、お守りってそういうものよ。効果はないだろうって意識的、無意識的にかかわず思っているのに、あるとなんとなく安心できるでしょう。伊達さまがどういったお考えであれをいまだにお持ちになっているのかは知らないし、わたしはそういうつもりで渡したわけじゃないけど」 話しながら、ああまた崩れてるなあとは思った。政宗よりもなじみのある口調につい引きずられて先ほどよりもひどいことになっている。事前に申告しておかないとただの二重人格に見えそうだ。意図しているわけではないからなおさら性質がわるい。 政宗も成実もとくに気にした様子はないけれど、これがもしほかの勢力だったならばっさり斬られているだろう。今さらになって伊達陣営でよかったと思う。あとは友人が兄貴だと絶賛していた長曾我部。でもは長曾我部元親のビジュアルを知らないから変なイメージで固定されかけている。 「それで、あれと、わたしのがうそというのはどう関係しているわけ」 「や、ただの勘。正答率五割の」 「二択なら無意味ね、それ」 「まあ、そうだけど」 成実は眉をハの字にして情けない表情になった。本当に根拠のない山勘だったらしい。野生の勘と言いかえても差し支えなさそうだ。 結果からすれば彼の勘はおおむね合っている。が暮らしていたのはさらに先の、べつの旧武蔵だ。が言い訳のように考えていたことにしても、どれもここのことではないのだから広義ではすべてうそになる。 しかし、だからと言ってどうなるわけでもない。 よくわからない理屈でも成実が納得できているのだからむりにせっつかずにいるほうがずっと賢明だ。へたなことを言ってぼろを出すことだけは避けたいところ。うそがどんどん増えてこまるのは最初につくった設定を忘れてしまうからだ。ささいなものほど忘れやすいから双方で首をかしげるはめになる。 「おめえら、おれがいねえ間に仲良くなってんじゃねえよ」 尊大な、けれどどこか浮ついたかすれ声が降ってきた。 政宗が言うような仲になったつもりのない。ないが、そう言いきるのはさすがにはばかられては閉口した。人間同士の関係を世辞でコメントするとあとあとこじれるのは経験で知っている。 そうこうしているうちに成実がなんでもなく揶揄をかえした。 「なんだよ梵、焼もちかよー、って顔まっか!」 声に引かれて政宗を見れば、なるほど、たしかに赤い。もともと肌色が白っぽかっただけによけいにそう見えるだけなのか、とにかく首の中ほどまでうっすら色づいている。 「うるせえ……あっち行ってろ」 もう片方で額を押さえ、政宗はぞんざいに手をふるった。 成実はそれに不満を示すことなくふたつ返事で応じ、にそれじゃあと告げてから入れ替わるように下座の飲みくらべに飛び入り参加しに行った。彼の場合は見た目にたがわずそこそこな酒豪らしい。 邪魔な食膳を脇に寄せれば、政宗はその空いたスペースにどかりと腰を落ち着けた。目がとろんとしている。凶悪な目つきが今にも閉じかけていて、そうはさせまいと意地を見せるのは年相応かそれ以下だ。 「赤いだけでまだ酔ってないでしょう」 「あ?」 「正しくはまだ酔いがまわってないってところか」 「……ああ、こうなると保って四半刻だ」 「経つとどうなるの」 「寝る」 「……それだけ」 「いちばん手がかかんねえだろうが」 「自分で言ってたら世話ないから」 口調を改めたら確実に機嫌をそこねるだろうからと普段の調子では話すがとくになんの咎めもない。酒の席では無礼講というわけではなくて、そこまで気をまわしている余裕がないのだとは思う。酔ったことがないから確証はないが、たぶん、ちゃんと脳を通っていない。 「枕はいりますか」 「は、ずいぶんと大胆だな」 やけに艶っぽい声にこめかみが痛んだ。相手は酔っぱらいだと言い聞かせておかないと反射的に殴ってしまいそうだ。あわただしい生活のせいで平穏無事と平和主義を目標にしているだがTPOをわきまえた上で実力行使に出ることもある。今回は再度通告で。 「ふざけるならかまわないけど、いるのいらないの」 「いる」 ストレートな所望をは意外に思う。 伊達政宗といえば実戦もさることながら情報戦にも長け、言動のほとんどがフェイクとミスディレクション、あの徳川家康でさえ落とすのに晩年までかかったという相手なのに。ここの政宗はそうでないのか、あるいは相当眠いのか。予想としてはおそらく後者。 崩していたひざをそろえ、はたはたとたたけば政宗はそのままごろりと頭を乗せた。少し重いが、痛くないであろう腹を探ってしまった対価だと思えばなんでもない。閉じられた左目にかかっていた前髪を払いながら、。 「どう。寝にくくない?」 「あー、もうちぃとばかし肉つけな」 「頭落とすよ」 「わるかった。借りるぜ」 「べつにいい。貸します」 順序が逆になったやりとりを形式的に交わす。 しばらくもしないうちに胸が上下するテンポが一定になる。呼吸は浅い。眠っているといっても夢も見られないほど浅いところをただよっているだけ、熟睡にはほど遠いもの。 それは予想ではなく確信。理由には時代がなる。 いかであれ政宗は戦国武将、時勢はわからなくても目指すところはやはり天下だ。ならばそうやすやすと寝入るわけがない。いくら小十郎や家臣がひかえていようとも最終的に己を守るのは自分だ。信頼がどうこうという領分ではなくて物理的に。刃を向けられたのが自分なら下手人にもっとも近いのも自分だ。理論ではそうだけれど、それができないのが人間で。 なんて不便な、とは声に出さずにつぶやいた。 まるで他人事。 できるならこのまま他人事のまま。 昔から――いわゆる救世主という大義のために異世界から否応なしの召喚を受けるというジャンルを知ったときからふしぎに思っていたことだ。なぜ彼、あるいは彼女たちは戦うのか。その後付のような使命を最終的に受け入れるのか。 最初は恐慌状態、飛び出すのはなんで自分がという型にはまったセリフ。次に召喚主、もしくはその縁者、落ちた先に残る伝説によって明かされるその場かぎり符牒。セオリー通り、使命を果たせば帰れるだろうというあいまいな目的。いつしか目的が手段になって、なぜか優先順位が自分から世界の存亡などへと移行する。さり気なく、違和を感じさせない自然な流れで。そして迎えるエンディング。そのときになって思いだす本来の目的に抗うのはなぜ。たとえ帰還を果たしたとしても名残惜しく思った時点で抗っている。 ずっと疑問に感じていて、一度だけ訊ねたことがある。従兄は答えてくれなかった。 指名されたわけではないのだから“わたし”である必要はなく、たまたま“わたし”だっただけのことだ。やらなければならない、やれなどと言われたわけでもない。選ぶのは“わたし”。 ならばそこに“なぜ”はない。 のこれもその口だろう。べつにがなにかに選ばれたのではなく、たまたまだっただけ。だったからこうして話が進んでいるのであって、もしでなければちがう話になっていたはずだ。 大筋にかかわるのは ここで疑問は円を描く。なぜ戦うのか。平和な日常で生きていたにもかかわらずさも当然のように敵の、生々しく言えば自分と同じ人間を殺せるのか。仕方がないから。当たり前だから。ではなぜそう思うのか。事実、戦わないまま生きている人もいるのに。それが使命だから。だれが決めた、それは自分で。他人に言われて自分で選んだ使命、それはただの洗脳。 「……やめます」 迷走しはじめた思考をむりやり切り捨てる。考えつづけるにはあまりにも不毛なテーマだ。 ひとり産婆術での弁証論は楽しいけれどこれだと確実にどつぼにはまって戻れなくなる。重たければ重たいだけ甲斐があるからだめだ。ひまつぶしが食いつぶしになったら本末転倒きわまる。 一度溝にはまると延々とやっているから迷惑です、なんて言ったのは委員会の後輩だったか。 そう言えば先輩はどうしただろう。は今こちらにいるが、あちらではどうなっているのやら。元の世界での時間はどうなのか、それもトリップもののなぞだとは思っている。同様に流れているとしたら今さら帰還するのもはばかられる気がするし、ちがうのであれば性格の変貌具合にまわりが動揺するだろう。人間は日々変わるものだ。たった数日見なかっただけでも変化があるのだから他世界での経験がどう影響するのかわかったものではない。 |