偶然か必然か、がトリップしたのは神社だ。これ以上おあつらえ向きのシチュエーションもなく、理屈をこねるまでもなく利用させてもらう。よけいなことを言って混乱させるのは本意ではない。 「神隠し、でしょうか」 かかったのは政宗ではなく小十郎だ。思慮深いと察せられる彼がそう思ったのだから設定的にはふつうにありらしい。 「殿の口ぶりからして人為的なものではなさそうですし、なによりうそを口にしている風でもない。いささか突飛ではありますが」 「妥当なところだな。京にも出まわってないような染めの着物に妙な履物。ずいぶんと 「恐れ入ります」 物騒な眼光をするりとひそませた政宗に小十郎はわずかに平伏した。 なにやら置いてきぼりにされている。たしかにこの展開を期待してはいたがあまりにもうまい運びには不安になった。 「……だとすれば隠し神はなにを考えていたのでしょうね。贄にするのならわたしのようなおとなではなく七つより下の子を隠せばよいものを、と。失言でした」 思わず口がすべり、は深く頭をさげた。 この時代の神隠しはただの失踪よりも性質がわるい。呪式の贄だったり、はたまた天狗の遊び相手だったりと選ばれるのは子どもばかりだ。それにかこつけた人買いなども頻発してある種の社会問題だ。相手は奥州を統べる人間、頭が痛くないわけがないのだ。 「Don't mind. 見た目より混乱していやがるようだし、これでちゃらだ」 なにとだ、とは思っても口には出せない。深くつっこまれてこまるのはだ。 「ま、なんにしろおまえはおれのものだしな」 「ああ?」 反射的にうなって、の目つきがわるくなる。 身分を考えたら打ち首になっても文句は言えないのだろうが今は寝耳に水だ、勘弁してほしい。 ちらりと横に目をやれば小十郎もまた絶句している。茶でも飲んでいたら噴出していたのは確実だろう。 爆弾を投げた張本人である政宗はの反応に意外そうな顔をした。 「Ah? さっきてめえで言ったじゃねえか」 「記憶にございません」 「しらばっくれんな。 「それは好きにしろという意味で……もしかして 「すらんぐ?」 きょとんとした様子で首をかしげる政宗は年相応だ。 考えてみればこの時代に日本を訪れていたのはポルトガル人やイスパニア人が主で、ひとえに南蛮人でくくればそこまでだが使われる言語は多種多様だ。それと同じくして英語が使われるようになるのは宣教師などの紅毛人が来てから。 伊達政宗といえば自力で通商貿易を交わそうと一六一三年に支倉常長をイスパニア・ローマ使節として送りこんではいたが、実際に奥州が英国と交易があったとはついぞ聞いたことがない――説によれば伊達政宗は一時期キリシタンだったらしい。奥州仕置きの一環として参加を命じられた小田原征伐に一身上の都合で遅参した際には死装束で金の十字架を背負っていたとか――が、公式の場で交わされる言葉はやはり正式な、そして双方の理解力を踏まえて簡素なものになるものになる。交渉は高度な口喧嘩でも節度がなくてはいけない。鳥居のところで聞きかえされたのもそういうわけだろう。 「あー、申し訳ありません。わたしの認識が甘かったようです」 なにも考えずに使っていたがこれはまずいことだ。やたら流暢に話すものだから伝わるものと勝手に思っていた。先ほどの所有物宣言をは受け入れたわけではないが、下に来るべき人間、それも女が己よりも能力があるとわかればたいていの場合気をわるくする。プライドが高ければなおさらだろう。 もういろいろとめんどう。 視線と身ぶりで言葉を交わす主従には気がつかないままは思考を次へと移す。 セオリー通りに行くのならそう簡単には帰れないだろう。下手をすれば一生むりだ。手垢がついた王道だと残留を決心した拍子に帰されるのだがそれはそのときになってみなければわからない。泣いて暮らせるほどかわいい性格ではないから仕事でもしていれば気も晴れるよう。英語のほかに書道や四則計算などなどもお手のものだから商家あたりで雇ってもらえるだろうと当たりをつける。なんなら日雇いでもかまわない。カルチャーショックの連続になりそうだがやってできないことはない、要はできるようになればいいのだから。 そうとなれば話は早い。は佇まいをなおしてひざの前で手を重ねる。 「伊達さま。他国に情報を漏らしたりはしないと誓いますし、不利益にならぬよう努めます。監視の目があってもかまいません。どうか城下に置いてくださいませ」 は奥州の、厳密にはこの城周辺のことすらもわからない。このまま放逐されたとしても越後や甲斐に流れつくまでに殺されるか売られるか、最悪もっと無残な目に遭うだろう。あやしいことこの上ないのは承知だから監視くらい甘んじて受けるつもりでいる。着替えまで見られるのかと思うと気が滅入るが慣れてしまえばどうにでもなることだ。 今にも額を畳にこすりつけそうなほど深々頭をさげたに政宗と小十郎はぽかんとした。思考が飛んだのか、政宗の整った顔がおもしろいほど崩れている。しかしうつむいているに貴重なそれを見ることはできない。 そう間もなく事態を把握したのか、政宗はいつになくあわてて声を立てる。 「Wait, wait! 勝手に勘ちがいするな。顔あげろ。あとそのうすら寒い話し方もなしだ」 「いやです」 四つの命令形のうち三つを実行し、残るひとつを口でもって拒否した。 身分を知る前ならいざ知らず、忠臣がひかえている場で政宗にため口をたたけるほどは身の程知らずではない。むしろ充分すぎるほど不遜な口の利き方をしている時点で自殺志願者のようなものだ。気をつけていても染みついた口のわるさはどうにもならなくては気落ちする。敬語には自信があったがまだまだだ。 そんなの頑固さを目の当たりに、政宗は肩をすくめた。 「Okay, okay. そんな目で見んな。殺さねえから安心しろ。You see?」 「…… I know. 」 「 「は」 首肯をかえす小十郎に、政宗はすっくと立ちあがるとの目の前で腰を落とし、肩を抱きこむことで白黒していたの目を固定した。その表情は肉食獣さながらの笑い。 「おまえ、おれの師になれ」 「…… 「 「今のままでも十分と思いますが」 「おれが理解できねえことをけろっと言いやがったのはどいつだ。いいか、おれがおまえを雇ってやる。なんなら御伽衆でもいいぜ。とにかくここにいろ」 それってどんなプロポーズ、だなんてさすがのにもぼけたおせるような雰囲気ではなかった。おそらく政宗は本気で言っている。先の小十郎への確認からしてもそうだ。 わかってはいるが、あまりにも想定外すぎた政宗の申し出には頭を抱えた。先手を取ったつもりがそのさらに先にしかけられていたと知って正直かなりくやしい。 「 「 覚えのありすぎる言葉に若干いらっとする。はため息とともに肩を落とした。 「 「あ?」 「 「……てめえ、いい度胸してんじゃねえか」 目に見えていらつく政宗もなんのその、止めない小十郎をいいことになかば自棄なったは日本語を放棄する。英文学科合格の実力を侮るなかれ。受験がめんどうだったから外語大は早々に蹴ったが某駅前留学の必要がないくらいにはヒアリングにスピーキングはお手の物だ。当然ながらリーディングとライティングもできる。さらに努力すれば食い扶持にもできる自慢スキルを道楽と比較されたのでは話にもならない。 今にも食いこみそうな手をやんわりと押しのけて――片手に刀を三本も持てる握力でそんなことされた日には骨がくだける――はここに来てはじめて自発的ににこりとした。 「改めまして、と申します。不束者でありますがどうぞよしなに」 所有物がどうかはべつとして。 あ、これ通称だった、と名乗ってから自覚するもそれこそ後の祭りで。 「It decided! 小十郎、 「承知しました」 そのまま流れてしまっては訂正のしようもなく、まあいいかと思えるくらいにはものん気だった。 |