目をわずらった人がつけるような白いそれではなく、パンク系というよりは古典的な海賊がつけていそうなもので覆われているのは右目だ。 「 焦ったような声と肩に置かれた手に反応する余裕はない。 聞きおぼえのある声に、見たことがあるような顔。はじきだされたゲームタイトルに今にもたおれそうだ。実際にがプレイしたことはないがおおまかな話は聞いている。 「なにこれ。ありえなさすぎ」 小さくつぶやいたそれに青年が眉をはねた。 「おい、そいつはどういう」 「政宗さま!」 遮るように届いた低い声に乗せられた手がびくりとした。 ああまた増えた。は脱力しそうになるのを押しとどめながら体重を柱にあずける。 「政宗さま、勝手にそばを離れないでくだされ! それと、ご自分が理解されているからといって不用意に異国語をお使いなるなとあれほどっ」 「Stop! その話は後だ」 「なにを……政宗さま、その女人は?」 「頭が痛ぇんだと。そのわりには顔色がわるい」 「は」 失礼する、と青年とは反対側にひざをつかれる。 はちらりとそちらを見て再度、けれど先ほどとはちがう意味で固まりかけた。 後ろに流して撫でつけた前髪、頬に走る傷。これで白鞘の刀があればなおのこと、なくてもどこからどう見てもヤのつく自由業の人だ。思わずまじまじ見てしまう。 それは相手も同じだったようで、男は逡巡した後に口を開いた。 「……殿か?」 「え」 は二、三度しばたいた。このような強面の人物に知り合いはいないはずだ。しかし、聞いたことのあるその声で呼ばれる自身の名前がどこか引っかかる。 「Ah? なんだ、知り合いか」 「ええ、おそらくあなたもご存知です」 けげんそうな青年に対して男は言葉をかえすとともに自身の右耳を指でつついて示す。 釣られて青年はおそらくのそれを見やり、わずかに瞠目し納得したように首肯した。 「Oh, I see. 小十郎、客だ」 「でしょうな」 ぐい、といきなり体が持ちあがっては小さく悲鳴をあげた。急なそれに視界が真っ黒に塗りつぶされて頭がふらつく。 「帰るぞ」 「はい」 眩暈が治まってみればは後ろ向きにかつがれていた。それもすぐとなりに立っている大柄な男ではなく青年に、だ。柄でもなく頭がまっしろになる。 「ちょ、おろしてくださいっ」 「 「きっ」 仔猫ちゃん、と呼ばれては絶句した。予想もしていなかった鳥肌もののそれにとっさの言葉がかえせず、泡立った腕をさすっている間にもふたりはずんずんと進んでいく。ついには神社すら見えなくなって、は内心で頭を抱えた。もともと土地勘のない場所、ここで放りだされたほうが逆にこまる。 毒を食らわば、皿まで。 「…… I'm yours. 」 あきらめの境地で口にしたそれに青年は首をめぐらせ、おどろいたような表情を見せてからにやりと笑った。それがいやに絵になって、は殴りそうになる拳を持ち前の自制心で抑えつける。 そうして連れてこられたのは三方に森をしげらせた巨大な城だ。そうは言ってもが城というものを見るのは千葉にあるシンデレラ城をのぞいてはじめてのことなので、これが標準の大きさなのかもしれない。 結局がおろされたのは青年の自室らしい部屋に着いてからで、その間に投げかけられた視線の数々は屈辱でしかない。もとより目立つことがきらいな性質だ、そこらに穴があったら埋まりたい。 部屋の上座に青年が座り、廊下に面した障子戸の前に男が、そして青年の対面にがいて三すくみ状態だ。 ぴたりと正座する男との意も介さずに青年は片あぐらをかくと自然な動作で手にした煙管を指先でまわした。 青年の顔を見れば、が今までに相手取ったことのない人種のあくどい笑みを浮かべていた。立てたひざに乗せられた腕がまた絶妙なまでにそれを演出している。 「さあて。ようやく会えたな、My dear 」 「……どちらさまでしょう」 「ちったあ察しろ。梵天丸だ」 「あー」 「で、今は政宗だ。伊達藤次郎政宗」 「はあ」 おどろきも感動もなく、ただ気の抜けたの返答に政宗は隻眼をすがめた。 「なんだその 「だって、そうぽこぽこならべられましても、わたしがあなたの名を聞くのはこれがはじめてですから」 「……そう、だったか」 「はい、間接的には存じておりましたが」 実に認めたくないことだがはこの手の事態を一度経験している。あのときは拾い者を届けて戻ってみれば帰り道があっさりとすがたを現していて事なきを得た。今思うとあれは今回のこれの前ふりであった感がひしひしとしてくる。情けは人のためならず、とはこういうときにも言うのだろうか。とりあえずそのときに拾った子どもが梵天丸と呼ばれていた。 それでも一応は確認ためには首をかしげる。 「えっと、梵天丸さまというのはもしや雪に埋まりかけていた顔面包帯少年のことで合っていますでしょうか」 「顔面……まあそうだ。十年くらい前にあんたの助けられたガキがおれだ」 苦虫をかみつぶしたような声で肯定した政宗にビンゴと口の中でつぶやき、しかしつづけられた言葉に面食らった。 「じゅうねん?」 「Yes. おれが元服する前だからそのくらいだろう。そうだな、小十郎」 「はい。私もそのように記憶しております」 黙していた男が応答する。 そして政宗が呼んだ名前に呼応するようにの中のつっかえがようやく取れた。自分から名乗ったのだから名前を知っていて当たり前だった。けれど気づくまでのロスタイムの分だけ衝撃が後から来て思わずぎょっとする。 「え、うそ、片倉さま !?」 「……お気づきでなかったか」 「はあ、すみません。声に覚えはあったのですが」 沈んだような声音に思わず謝る。 はじめて会った小十郎はどちらかと言えばひょろひょろした優男で、これほどの貫禄や気迫とは正反対に位置するような印象を受けた。いくらなんでも人相がちがいすぎる。 「Ha! そんな面になっといて気づけってほうがむりだ」 からかっているのか、政宗は愉快そうにけけと声をあげた。 も小さくうなずくことで同意を示す。今でさえも別人に思えてしまう。 「そう言うおまえは変わってねえな」 唐突に戻された矛先に反応が遅れた。ぱちくり、と漫画のような表現が似合うあほ面をさらしている自覚はあるが、あえてなのか政宗はそれに触れないでつづける。 「年ごろの女の歳はわかりにくいが、それにしたってあんたは 「えーと、数えで十九になります」 「That's right!」 ほら見たことかと政宗はひざをたたいた。 そこまで勝ち誇られたようにされては反応にこまるというもので、は来るであろう問いに備えて自分でも納得のいく答えを探す。 簡単に言うならば異世界トリップなのだろう。それもゲームに準拠した世界に。フラグも立っているようだが恋愛とはまたちがった予感がする。トリップした先でかならず恋愛をしなければならないという規約はないはずだ。 そもそもトリップしたいと願うヒロイン、ひいては夢小説を読む人びとは本気でそれぞれのキャラクタと恋愛がしたいのだろうか。失礼だとは百も承知しているがは疑問を感じずにはいられない。が二次創作作品を楽しんでいるのは書き手それぞれのキャラクタに対する見解が興味深いからだ。 「で、だ。おまえ、どこから来たんだ」 いま一度煙草盆をたたいて問われる。口調こそは軽いが彼の隻眼は切れそうな光をたたえている。 とは言ったものの、こればかりは正直に言ってもおそらく信用してもらえないだろう。異世界から来ました、では気狂いだと思われて牢屋行き。正確なそれではないが、未来から来ましたなどと言えばおそろしいことになる。の知る伊達政宗は天下統一を成したわけでもなく、三代目将軍徳川家光に親父殿と慕われていたと知ったらこの血の気の多そうな青年は逆上しかねない。 「ただの迷子です。鳥居をくぐったらあそこにいて、あなたに声をかけられました」 それならば真実をさらさず事実だけを述べておけば後は状況で判断してもらえる。 平安期よりは衰退していても陰陽思想はまだ生きている時代だ。夜行日の京では百鬼夜行に遭い、山川には神が座し、時を経た道具や器物は付喪神となる。だからこそ人びとは畏敬の念をこめて竜だの鬼だの魔王だのと称するのだろう。 |