かさかさと音をたてて竹の皮を開けば手のひらに乗るまるっこい白がいくつか重ねられている。冷えてはいるが、まんじゅう自体はわるくなってはいまい。食料を竹の皮で包むのはよりよい状態で日持ちさせるためだ。 「もらうぜ」 「どうぞ」 たがいにくっついている皮を破かないようにしてひとつ取り、ぐにゃぐにゃしたそれを指で割れば中には餡と金色をした栗がはいっていた。 ずいぶんと高価に見えるがそれでいてこういった変わり種は土地柄を表しているだけであって値もそれほど張らないものだ。茶席で使われる主菓子のひとつでもあるし、梵天丸と称していたころの八つ時に慣れ親しんだ菓子である。 上方では、一○○年近く前から京の裕福な寺はこれを食っていたという。伝えたとのは明へ留学していた京の禅僧があちらで用いていた下僕と聞く。よほど離れがたかったのだろう、日ノ本までついてきた男はその後奈良に住みつき、このまんじゅうをつくりはじめ、その子孫が京に家を移して人気を得ているのだとか。 今ではつくり方も四方へ広まり、地方色が濃く出ている一品もあるそうだ。かく言う政宗もまた得意ではないにしろそれなりのものをつくることはできる。なにせ、すりおろした山芋の粘りで米粉を練り、その生地で餡などを包んでしっとり蒸しあげるだけなのだ。 よほど良い甘味処で買ったのか、まんじゅうの味は舌の肥えた政宗も十分に満足できるものだった。 それはも同じなようでほこほことまんじゅうを頬張っては茶を口にしている。可直からあまり食べないと聞いていたのでどうかと思ったが、特別甘味が好きなわけでもないだろうにふたつほど腹に収めていたから問題はないだろう。 食べきれなかった分は丁寧に包みなおした。おおかた可続か籐太にでもやるのだろうと当たりをつけたところで先ほどよりも大きな、もはや騒音といっても差し支えない歓声だか悲鳴だかが聞こえてきた。 「あいつは限度ってものを知らねえのか……」 「小十郎が諌めて参りましょう。失礼いたします」 「ちぃとばかし灸をすえてやってくれ」 「は」 自分とにそれぞれ一礼して小十郎は部屋を辞した――彼もまるくなったものだ。今までの彼ならば護衛を忍ばせずに客人らとふたりきりにするなどとありえなかったのに、のことはずいぶん信用していると見える。 思えば彼女をここに留めおくような言をしてみせたのも小十郎だった。彼も自分もと会うのは十年ぶりだったのだから、なにかあったとすればそれは政宗がとわかれたときだろう。知らぬ間に帰ったと知って癇癪を起こしたのも若気のいたりだったと水流して忘れてしまいたい。 首をめぐらせて小十郎を見送ったは手なぐさみのように湯のみを手に取った。 「なんだかさわがしいけど、なに。また成実がなにかしたの」 どうやらの中では騒ぎと成実が直結しているようだ。あわれにも思えるがそれは自業自得、それだけの迷惑を彼女は日々被っているのだから致し方ない。 政宗は肩をすくめてみせる。 「ま、まちがっちゃねえな」 「今度はなにした」 「犬を拾ってきやがった」 「いぬ」 「ああ。成実は昔っからなんかしら妙なもの拾ってきてな、生き物は今回がはじめてだがそのうち人間でもひょいひょい拾ってくんじゃねえかって笑ってたところだ」 からりと笑い、ふとして騒ぎが治まっていることに気がつく。小十郎がうまくやったらしい。 このまま小十郎の任せておけばそれなりの飼い主も見つくろえるだろう。その点で思えば犬でよかった。もしこれが猫だったならば試し斬りに使われるのが関の山だ。というか、小十郎も進んで鍛冶屋に引き取るよう求めるはずだ。骨は細いが、猫の皮は分厚いゆえに粘る。 そういえば件の犬をまだ見ていない。からいろいろな話を聞きだすのもおもしろいが、ここは今あるもので楽しむのも一興だろう。 「よし、行くか」 「え」 一瞬でも別人かと思うようなひっくりかえった声をあげたのはナギサで。 「Ah-han …… 乗り気でないことが見て取れる彼女にあることが連鎖的に浮かんできて政宗は口の端を釣りあげた。手鏡にでも映せば戦時によくしていると成実が言っていた凶悪な面をしていることだろう。 にはわるいが、これほどおもしろい 「Are you ready, my dear?」 「Too bad. 」 「 「 「So cool!」 悪態はついたものの観念したように渋々うなずいたの手首をつかんで政宗はようようと障子を開け放った。勢いあまってかこんとはねかえったが閉めるのを彼女に任せて縁側を歩いていく。 つかんだままの手首はやたらと細く、そう機会があったわけではないが触れるたびにあのばか力がどこから来るものなのかわからなくなる。手だって六爪をあやつる政宗のように大きくも関節が伸びて節くれているでもなく、ましてや肩はうすくてまるい。手際よく成美を締めあげる腕さえも膂力とは無縁のありさまだ。 叶うなら自ら腕だめししてみたい。しかしなにかまちがいがあって彼女の細腕が折れたときになにが起こるか考えられたものではないので自重し、今は成実でそれとなく測っているところだ。 しばらくもかからないうちに成実は見つかった。かたわらには小十郎もおり、反省の色を見せない彼にため息もつけない様子だ。政宗が来たことを認めた彼はすっと目礼し、どこぞ――いや、十中八九畑へと去っていく。 「Wow, it's shaggy. 」 成実が心底楽しそうにかまいまくっているのは白いけむくじゃらだ。仔犬にしては少し大きいような気もするが、あれが山犬であるなら妥当なくらいだろう。ごろごろと成実にかまわれて遊ぶのを見ていると犬が二頭いるような気さえしてくる。 ちらりと横を見れば、案の定とでも言おうか、は白い顔をわずかながらもさらに白くさせて硬直していた。逃げ腰とまではいかないが無意識のうちに利き足が半歩引けている。 「あ、ぼーん!」 こちらに気がついたらしい成実が声をあげた。ついで犬をうながし、こちらへ駆け寄ってくる。 そして、それが決定打だったのだろう。今にも政宗の背に隠れそうになるのを、拳をにぎることで律しているさまがなんとも普段の彼女らしくなく、あまりのものめずらしさに政宗はしげしげと眺めやった。 そんな彼女の様子を知ってか知らずか――おそらく後者だ――成実は足もとにあった白いかたまりを両手で抱えると政宗ではなくの眼前につきだした。 漏れかけた悲鳴は息を飲んだようなそれにすりかわり、さらには明るい声に塗りつぶされてしまったのでそれを聞いたのは政宗だけだろう。おそらくは本人さえも聞こえていまい。 「見て見て、かわいいっしょ。川に流されてたんだ」 「……そう」 「最初どろどろの真っ黒だったんだけど洗ってみたらもう白いのなんのって。これってやっぱり山犬? 山犬だったらでっかくなるなあ。子ども乗せても走りまわれるらしいし」 「……へえ」 「あ、たぶんなら余裕だな。おまえ軽いもん」 「遠慮しとく」 「すんなって! それにしてもどうしような、こいつ。庭で飼うか。なあ、梵飼っていい? 世話はおれがするからさ。なっ」 にぎりしめられていた拳がふるりと持ちあげられる。 「……ねえ、成実」 「ん、なになに」 「あのね、それを持ってこっちに来やがるな!」 実はほとんど無意識だったのだろう――だとすればなんとも暴力的な女だ。対象限定で――予備動作なしにふり抜かれた左手は言葉と同時に成実を打ちたおした。 容赦のかけらもない痛々しい音を気にするよりも、それを終始見届けた政宗は目を見開いた。 残像のように成実が背中から倒れていく中で彼の腕から飛びだした白犬はくるりと宙かえりし、重さを感じさせない動きで縁側に着地。首をかしげるような仕草をした後にのまわりをぐるりとし、最後にわんと鳴いてみせた。 「 ぎょっとしているを見あげ、うれしそうに尾をふる犬は彼女の苦手意識に反してなついてしまったようだ。 ともすれば逃げだしそうな彼女をぐっとその場に留め、政宗は行儀わるく腰を落とす。おもむろに耳の間を撫でてやれば犬はよろこんでふさふさした尾を大きくふった。 「ま、まさむね」 「平気だ。おとなしいもんだぜ」 「や、そうじゃなくて」 「Sit down. 」 「……はい」 「And stroke it. 」 「う」 強い語調で言えばも思うことがあるらしく、ひざをそろえて屈みこみ、そろそろと手を伸ばす。 もうすぐ触れる、というところで犬がぺろりと指先を舐めた。 「ひっ」 「おいおい。べつに噛みつきゃしねえよ」 「そう言われても……」 「馬は平気なくせしてなんで犬がだめなんだ」 「だって」 「どっちも聡い生き物だ。そうびびってちゃ、こいつになめられても仕方ねえぜ。Hey you, let's retry. 」 言いながら、政宗は犬の頭を押して強制的に伏せさせる。そのほうが撫でやすいだろう。ついでに首根っこを軽く押さえてもう一度うながす。 さすれば意を決したらしいがじれったくなるような手つきで白い毛並みに触れた。 「Excellent!」 口笛の音にあわせて犬もまた短く鳴いた。褒めているつもりらしいが、犬っころにそうされたところで屈辱なだけではないだろうか。 しかしそれも彼女が気づいていればの話で、なんとか手は動かしているもののやはりどこかぎこちない。その証拠に先ほどから無言のままだ。 やりすぎただろうか、と多少なりとも心配になってみたがそうまんざらでもなさそうだ。本気でいやがったとすれば政宗もそこでのびている成実同様無傷ではすまないだろうから。 「せっかくだ、あんたが 冗談めいて提してみれば、怖々とで犬を撫でていたは小さくうなずいた。冗談まじりの突発荒療治もそれなりの効果があったようだ。 しだいによけいな力が抜けてきたというところでわずかに頭をもたげられ、反射的にびくついて引っこめられた彼女の手を追おうとする犬を制する。代わってぐりぐりと強く撫でてやりながら、いつもの飄々とした彼女からは思いつかないそれに政宗は機嫌よく笑った。 どこか他人とはずれているの、弱点ともいえるかわいらしいところを見つけたのは天高く馬肥ゆる日のこと。 |