気がつけばの仕事は目に見えて増え、そしていつの間にか公認のものとなっていた――いや、最初から伊達家筆頭である政宗が言いだしたことなのだから公のものでないはずがない。それを認めるか否かはひとそれぞれの主観による。ひとがひとであるかぎり絶対の客観はありえないのだから。
 朝起きて、成実を仕置き、可直や可続と朝餉をとり、籐太や花房と談笑し、政宗に英語を教えることもあれば小十郎がたいせつにしている畑を眺め、そうでなければ日がな一日部屋に閉じこもる。
 一貫性を持ち、ある意味無害すぎるの行動が功を奏したのかもしれない。
「だからって、これはない」
 自室としてあてがわれたそこに、今はひとりきりだ。いつも着いていてくれる可直は所用で出かけており、腰元である花房もまた同じ。かといって忍んでいるクロエを引っぱり落としてまで会話がしたいわけでもなく、はひとりおとなしく――基本的にはおとなしい性質だ。成実へ向けるあれは加減がわからないがゆえの過剰防衛と捉えてほしい――頼んで仕入れてもらった手習いに興じている。
 うっすらと水を張った硯に手のひらほどの大きさをした棒状の墨をななめにあてがい、しゃこしゃことリズムカルにすっていく。時おり指先につけては適当な半紙にすべらせ、濃度を確かめつつもさらに墨をけずる。書道を習っていたのは中学にあがるまで、そのときも使っていたのはボトルにはいった墨汁だったから墨をするなんて行為はひさびさだ。それこそ中学のときに出た書初めの課題以来ではなかろうか。
 用意された硯はでこぼことまるく、たぬきなのかうさぎなのか鹿なのかはさすがにわからない筆先は細いながらもふさふさしており、筆置きはなにを主張したいのかその長い身を波のようにくねらせた龍を精巧に模している。とくにつっこみを入れたいのは筆置きで、尾ではなく頭部が両端にある様は中国何千年の歴史云々よりもとにかく滑稽だ。鱗の一枚一枚からドラゴンボールをにぎる三つ爪などの彫りの細やかさから製作者はかなり真剣だったことがうかがい知れるがそれを理解できるほどの教養は高くない。むしろ使えればなんでもいいとすら思う。趣味に合うブランドはいくつかあってもどうしてもそれがいいというわけでもないし、自分で持っているブランド物はたいてい贈られたものだ。ねだったことはない、はず。
 適度な濃さになったところでは筆先を墨汁にたっぷりと浸し、縁を使って丁寧に余分な水分を削げ落とす。
 墨をあつかうときは神経質なくらいでちょうどいいと主張したのは小学五年生くらいのときの担任だ。書写の授業で、書道用の特殊な黒板に墨の代わりに水を浸した筆を縦に押しつけながら担任は入射角から筆の離し方まで事細かに説明していた。中でも口うるさく言っていたのは墨のあつかい方。今思えば床が汚れるとかそんな理由だとわかるが当時はとにかく聞き流していた気がする、授業でやる書道はとにかく片づけが憂鬱だったから。
「その分墨からするのは楽でいいよね」
 放っておいてからからに乾いたとしても水を差して調整してやればまた使えるのだ。実に無駄がなく合理的、唯一の難点は場所を取ることくらいだ。
 書机に乗せた二冊の和綴じ本をめくり、それぞれのページを文鎮で押さえる。一冊はみみずがのたくったようにずるずると書かれ、他方はそれとは一転して辛うじて判読できるもの。どちらも日本語であるはずなのに書き方がちがうだけで雲泥の差がある。さしずめ原書と訳書と言ったところか、書かれている文章やフォント以外のレイアウトはちらも変わらない。
 政宗曰く、Accustoming is better than learning.習 う よ り 慣 れ ろ
 否定はしない。その言葉にあきれたのはそばにいた小十郎だけであって政宗もも本気だった。
 はっきり言っての読解能力は半端ないがそれは文字が読めることが前提だ。しかしながらこの時代の崩れた字が読めるはずがなく、かといっていちいち読み聞かせを行っては双方の時間がむだになる。それで今さらのように読み書きをたたきこんでみようかと思いたったのだがが政宗に求めたのは手本となるなにかと筆記用具。最初こそ小十郎は手習いのためにどこぞの資福寺へでも放りこもうとしたのだがそれではつまらないと却下したのが政宗で、そういう経緯でもっては自主学習に勤しんでいる。個人的にはうわさの虎哉禅僧を見たかったので寺でもよかったのだが。
「だからって、これはない」
 先ほどと同じ言葉をくりかえし、こらえるつもりもなかったため息を大仰に吐いた。
 いやな予感はあった、というかあのにやにやした笑みを見ればだれでも悪寒を覚えただろう。
 政宗から直接手渡された本は彼が家督を継ぐ前に写本したものだという。それはまだいい、問題はその内容だ。書くばかりでなく文法をも覚えねばならないと彼もわかっていたはずなのに。
「まったく、いい趣味してる」
 それは平安末期に成立したとされる作者不詳の問題作――とりかへばや物語。
 当時の男として最高の暮らしをしている権大納言卿のふたりの子ども、凛々しい若君とたおやかな妹姫の性別が実は逆だという話だ。要するに姫君が男装して出仕し、若君は女装して邸にいるのだ。設定だけでもあれなのだが内容はそれをさらにうわまわる。男装の「若君」が同僚の男性に素性を知られて身を許し、あまつさえこっそり出産してしまうのだからとんでもない。それを機に「姫君」は「若君」を守るために本来の性別のすがたで積極的に行動し、「若君」もまた姫のすがたにもどり、ふたりは立場を入れ替える。そんなすったもんだの末に兄妹は関白と中宮という人臣の最高位になってしまうのだから平安文学とはいろんな意味で凄絶だ。
 明治時代には藤岡作太郎に「話になっていない」「吐き気を催す」などというさんざんな評価をなされていたが近年では性同一障害などの視点から再評価がなされているのだとか――にはただの時代のブームとしか思えないが。
 倒錯的というか、なんというか、一般受験する友人がやたらにこにこしていた理由がわかったような気がして実にいたたまれない。彼女はこの作品をあつかった古文の問題を解いてからというもの苦手だったはずの古文が得意分野になったのだから。
「萌えってすごいなあ」
 ちなみにが今写しているのは「若君」が宰相中将に言い寄られている場面だ。
 古文はそんなに得意ではないからおおまかにしか意味がとれないが、とりあえず口語訳された文章よりも表現が過激な雰囲気。なぜなら手本の字が二冊とも似たような風に震えている。つぎはぎにしかわからないと、おそらく内容をしっかり解していた政宗。ダメージの大きさは容易に察せられる。この作品を彼の手本に選んだ人物は相当ひねていたにちがいない、可能ならば当時のねらいを聞いてみたいものだ――なにせ政宗は思春期まっさかり、きっとおもしろい反応を見せただろうに。
 一度筆を置き、墨に濡れた半紙が乾くのを待つ間にページを繰り、せめてもの気休めにはたはたと文字を手であおいだ。
Hey, !」
 すぱあん、と。小気味のいい音をたてて開け放たれた襖と、同時に背中目がけて射られた声。
 覚えのあるデジャ・ビュするそれにまたもやおどろいて肩を生理的に跳ねさせ、早鐘を打ちだす心臓の上を手で押さえながらはふりむく。何度不意討たれてもこればかりは慣れない。本気で気配を絶っている相手を察しるなど常人のができるわけがないのだ。
 そうこうしている間にも声の主はどかどかと粗雑な動作で畳を踏み、目線を合わすようにすとんと腰を落とした。
 羅宇が飴色をした煙管の吸い口を唇から離し、にいと笑う。
Hello, how are you?」
「あ、I'm fine, thank you. And you?」
Well, I'm cheery. Nice to meet you.
「こちらこそ、お初に御目文字つかまつります、猫御前さま」
「お、わかるか」
 わからいでか、とは内心でつっこんだ。
 本日の政宗――猫御前の衣装は実に派手だ。着流しに見立てた小袖は縹色の地に桜の飛び柄、むりやり片流し文庫にした細帯は白の金襴に籠目と撫子が描かれている。それだけでも女性的だというのに摺箔の小袖をもう一枚羽織っているのだから、これでがわからないと思うほうがどうかしている。政宗が本気で女装していると捉えるには実に中途半端すぎるから、なおさら。
 手慣れた仕草で裾をさばき、大胆に片あぐらをかいてみせる猫御前はどこからどう見ても政宗そのものだ。ちがいと言えば声質と骨格くらいで身長から髪型、ふとした表情まで彼と同じものだ。自然と目をやってしまった胸元が不自然に厚くて平たいのは袷のすき間から覗く晒し布のおかげで説明は不要だ。
「我が殿、藤次郎政宗が側室、呼び名を猫と申しまする。あなたのことは殿や藤五殿からよく聞いておりまするゆえ、そう硬くならずに」
「そんな、もったいないお言葉にございます」
 応答をしつつは目を見開き、数度またたく。
 笑みひとつ、口調ひとつでひとはここまで変われるのか。
 立てたひざの上にひじを突き、手の甲に片頬をあずけているのにその様は粗雑というよりも妖艶に見せている。もともと低いらしい地声と相まってひどく色っぽく、先の声よりも断然凛々しい。それでいてなお遊女とは一風ちがった婀娜なすがたは生まれ持った気品というやつだろう。
 政宗にはもったいない、と思ってしまったのはだれにも言わない秘密にする。
 猫御前という影武者を演じた側室は後世になって創作されたキャラクタだ。真田十勇士の大半と同じように、実在していたのかわからないのに名が残っている女性。新造の方もしくは飯坂の方の別称だとか、もとは遊女で政宗そっくりの容姿だったのを花街で見初めただとか異説いろいろあるが、とりあえずわかるのは彼女が政宗よりも年上らしいということだ。こういったことは同性だからなのか六割以上の確信が持てる。
 この世には自分と同じ顔をした人間が三人いるという。政宗と猫御前。とクロエ。二組も発覚しているのだからあながち冗談ではなさそうだ。ドッペルゲンガーに会ったら死んでしまうとも言うけれど、それはそうなる要因があるとしか思えない。死んでしまうと言っても自分とドッペルゲンガーが入れ替わって自分がいなくなってしまうだけの話、対外的にはだれも死んでいないのだ。むしろ政宗たちはそれを有効活用しているのだからどうしようもない。
 そもそもドッペルゲンガーの定義がわからない。同じ顔の人間がそうなのか、だとすれば一卵性双生児も広義ではドッペルゲンガーということになる。もしくは鏡の怪談から派生したのだろう。あの手の話は世界各国にあるようだから。