ひょい、ひょいとケンジは水たまりの上を跳ねる。正しくは水たまりと定義されたテクスチャの上を、だ。目的はとくにない。ただマスターがログアウトして、ケンジが起きたところに水たまりがあっただけ。近くにはだれもいない。真っ白い空間に大小の水たまりが点々とあるだけのコミュニティ。かんたんに検索してみればサクマもカズマもナツキも、とにかくマスターの知り合いの人たちはみんなインしているみたいだ。 ぴしゃん、と。OZの空を映した水たまりが撥ねた。水が撥ねるエフェクト。だってこれはただのテクスチャ。きちんとしたH2Oではない。ぴしゃん、とまた水が撥ねる。と、同時にこつんとなにかが頭にぶつかった。 「……?」 ケンジはなにかがぶつかったところを両手で押さえて、空を見あげる。ジョンとヨーコが泳ぐ空にはたくさんのアバターたちがいるのにケンジはひとりだ。それでもちっともさびしくない。 額を押さえたままケンジは足もとを見た。水たまりの上には自分がいて、あと、手のひらに乗っかるような大きさのハートがひとつ。ケンジはそれを拾いあげると両手でもって、ふと思いたって自分が今まで跳ねてきた水たまりを振りかえる。 「!」 白い空間にぽつぽつとある、空を映した大小の水たまり。そのひとつひとつに落ちている大きさがばらばらなハートにケンジは飛びあがった。 もう一度空を見あげても先ほど少しも変わりなくて、ケンジはあわてて落ちているハートをぜんぶ拾い集めるとそのコミュニティから飛び出した。 不器用なハートはぜんぶもらおう(落し物だったらいちばん小さいのだけでももらってしまおう)。それで、不器用なあのひとにはあげたい分だけの大きさのハートをあげるんだ(数じゃなくて大きさで勝負!)。
水たまり撥ねて会いに行こう |