いちばん小さいパックの唐揚げ用鶏肉をさらに小さくしてミックスベジタブルといっしょに炒めて冷やごはんを三杯分(単純に炊きすぎただけだ。どうせ食べもしないのに)ざっざとフライパンで炒めてトマトジュースをひと缶まるまる入れる。ケチャップは味が濃くなりすぎてあまり好きじゃない。だいたいうちの冷蔵庫にはケチャップなんて常備していないし、このトマトジュースだって佐久間が置いていったやつだ。あ、眼鏡くもった。 「佳主馬くんさあ、ちゃんと就職して立派に社会人なんだから大学のときみたいに突然うち来るのやめようよ」 「なんで」 「なんでとかじゃなくて、せめて連絡ほしいかな」 水分があらかた飛んだところで塩胡椒と、醤油を少し垂らしてフライパンを振るう。ざあっと赤みを帯びた米が波のように跳ねてふたたび落ち着く。それを出しておいた飾り気のない皿に半分ずつ乗せて、適当な器でたまごを四つほど割り解く。安かったから買ったけどひとり暮らしじゃ六つ入りのパックですら使いきれない。賞味期限は明日。のこりの二個は朝ごはんにでも使うとする。心に決める。 「だってこの時間なら健二さん家にいるってわかってるし、どうせ夕飯もまだと思って」 「絶対にいるわけじゃないんだけどね……」 まだ熱いままのフライパンにコンビニ弁当に別途でついていた粉チーズを混ぜたたまごを半分ほど流した。すぐに火が通るそれをかちゃかちゃくずしてうまい具合に箸でまるめてチキンライスの上に乗せる。なかなか間抜けな見た目だが食べるときに割ればいいのでのこったたまごを同じように焼いてしまう。 「だいたい健二さんてばおれか佐久間さんがいないと飯食わないじゃん。夏希姉もあきれてたよ?」 「はいはいすみませんね無精者で」 「べつにそんなこと言ってないし」 ほとんど焼けてないようなオムレツをもうひと皿に乗っけて、フライパンをシンクに置いて水に浸ける。両手に皿と、スプーンを二本。ナイフがすぐに見つからなかったので鶏肉を切るのに使った庖丁を一度にもって健二は座卓に肘をついている佳主馬のもとへそれを運んだ。 座卓にはプルの起きたチューハイが乗っていて、どうやらここに来る途中に佳主馬がコンビニで買ってきたものらしい。アルコール類を好むようには見えないがそこはそれ、佳主馬もおとなになったということだ。反対にこの家の冷蔵庫に酒類のストックはまずない。あったとすれば押しかけ客が置いていったものがそのまま置いてあるだけだ。少なくとも健二は自分からアルコールを摂取しようとは思わない。 オムレツに庖丁を埋めて左右にひらく。ちょうどよく半熟になったらしい、とろっとしたそれがチキンライスの上に垂れるのを見て佳主馬がチューハイの缶をはじいた。 「ほんと、相変わらずそういうとこ器用だよね」 「いつも思うけど、褒められてる気がしないなあ」 「なにそれ心外なんだけど。嫁に来てっていってるじゃん」 手に取ったスプーンをくるりとまわして。佳主馬はやたらと赤い舌でくちびるを舐めた。十年前に出会ったときと変わらずに長い前髪を止めるかわいらしいヘアピンが変に似合っていて、もう慣れてもいいはずなのに健二の頬は勝手に血をのぼらせる。 「もう、佳主馬くんってばそればかりだよね」 ぼくも男なんだからお嫁には行けません。自分のたまごにも庖丁を入れて、こびりつかないうちに水に沈めてこようと思って立ちあがった瞬間に手首をつかまれる。反射的に見下ろした佳主馬は真剣な表情で。 「健二さん。おれ、本気なんだけど?」 唐突に思考がフリーズしかける。これ以上見ていてはだめだと健二はその手を振りはらい、自由になった手で眼鏡をむしりとった。世界がぼやける。
わけのわからない計算をしないと本当の答えは出てこない |