天井に手を伸ばす。つかめるもののなにもない、空間を遮るものとしてあるそれは木目が奇妙な模様を描いているのではなくてただ白い。正方形のカバーがついた蛍光灯が中央にある、自宅。ひと夏を過ごした上田の家ではない。もう夏は終わってしまって、だんだんと涼しくなってきた。もともと冷房なんて使っていなかったけど今年もまた部屋のエアコンは動かないままだった。
 騒動というだけでは収まらないだろう今年の夏の終わりはあっけない。
 まず最初におにーさんが夏希ねぇといっしょに東京へ帰った。ばーちゃんをよろこばせたかった夏希ねぇにだまされて上田まで来たおにーさん。それが合図になったみたいにOZはひっちゃかめっちゃかになって、……キングカズマは負けて(それでもおにーさんは負けてないって言ってくれた)、ばーちゃんは死んでしまった。かなしくてみんな泣いてたと思うけど、それでもこの夏を忘れることなんてできないと思う。
 ぱたり、と手が落ちて布をたたく。反動すらもちがう感覚。畳に慣れたからだは自室の寝具にすら違和感をおぼえていて、けれどそれもすぐに薄れるのだろう。
 世界を救ったなんて嘘のようだった。大騒動のあと矢面に立ったのは佳主馬だ。おにーさんのアバターは心象がわるいし、おにーさんが英雄だと知っているのは陣内家の人間だけ(あとおにーさんの友だちのサクマとかいう人)。OZの中での英雄はキングカズマとナツキだから、できるだけ夏希姉ぇにも負担がかからないようにと心がけている。リアルの佳主馬はちっぽけな中学一年生でもOZではキングカズマなのだから。OZでの権限はそのままシフトされるから実際に佳主馬ができことはそこらのおとなよりも多い。
 寝返りをうてば、くたびれた感がほとんどないスクールバッグが目にはいった。二学期がはじまってすぐは荷物が多い。課題の提出はその都度で、明日は数学がある。おにーさんに手伝ってもらった課題の提出。ノートにはおにーさんの書いた数字がいくつものこっている。あとで消してね、と言われたけれど佳主馬はそれを消さなかった。消せるわけがない。数学はあまり得意でなかったけれど今回は完ぺきだと言える。これからも、わからなければ訊けばいい。
OZのなかでならいつでも会える。会おうと思えば毎日会える。
 それでも。
「――――――」
 終わらなければよかったと思った夏が終わった。当たり前に秋を過ぎて冬が来る。春になったら佳主馬もおにーさんも学年がひとつ上になって、また夏。
 来年の夏も、おにーさんは来てくれるだろうか。





夏にだけ会えるひと
(なぜ明日が来ることを当たり前だと思うんだろうね)