日本の夏はとにかく蒸し暑い。イタリアもそこそこ暑いらしいが、三方を海で囲われていながらあの国の夏はからっとしているらしく、慣れない気候にスクアーロは庭に面した縁側でぐったりしていた。 彼が着ているのはここ数日で気に入ったらしいねずみ色の浴衣で、長い銀髪はゆるゆると三つ編んで頭の下に敷いてしまっている。上体はひんやりした板敷に投げ出され、裾がめくれているのも気にせずにその長い脚は氷を入れて水を張った桶の中だ。見えている脚は白くて細いのになよなよとした印象はちっともなくて、なんとなくずるい気がする。 陽はもうかたむきはじめていて、なおかつ彼の全身は家屋のつくる日陰の中だというのにこの体たらく。 ほんの一時間ほど前まで日なたで部活に勤しんでいた身としてはかなり恨めしいものの、暑さに強いスクアーロというのも想像できなくて、ぬるい麦茶のせいで溶けかかった氷をひとつ噛んだ。 「たとえばさ」 柱に寄りかかって、寝転がる彼を蹴らないようにこれでも気をつけながら両足を伸ばしてやっぱりぐったりしながらなんともなしにつぶやいた。 「おれかあんたが明日死んだとして、そいでなんか変わったりするんかな」 「……さあなぁ」 期待していなかった返答があって、思わずぱちくりとまたたいた。 それを知ってか知らずか(たぶん気にしちゃいないんだろう)、スクアーロはまるで貞子のようにふり乱れた髪を後ろに流しながらひじを突いて身体を持ちあげ、首をめぐらせてこちらを見る。青ざめた顔が気の毒だ。夏なのに。 「あれだ、ガキなんかは自分が死んだところでなんも変わんねえとか言いやがるが、実際はちげえ。だれかは嘆き悲しむだろうし、いなくなった穴を埋めようとほかのだれかを見つけてくる。そうやって変わってくんだ。そもそもよぉ」 死なないと変わらねえのか。 気だるげに言われたそれに、いやべつに、と口が勝手にかえしたことに自分でおどろく。言われてみればそうだ。べつになにも死ななくったってなにかは毎年毎日毎時毎分毎秒以下略で変わっていくし、不変なんてものはない。なんて哲学。ガラじゃない。 さて、こちらの仰天をどう受けとったのか、スクアーロは具合わるそうに頬をかいてみせた。人間くさいその仕草にやっぱり彼も人間だったかと思い知らされて、(ああ暑くて頭が沸いてるのか)。 「少なくともあいつ、ツナヨシとか言ったな。あいつは泣くんじゃねえのかぁ」 「ツナな。あー、うん。泣くだろうな、たぶん」 いつしか至上の絶対唯一の地位が不動になった小さな彼を思い浮かべて苦笑する。こんなばかみたいにひとが死んでいく世界に片足どころか身体張って全身をまみれさせているのに、彼はきっといつまでも慣れることなく(慣れるようなことじゃないとでも怒りそうだ)死ぬことを悼んでくれるだろう。いや、むしろ心のどこかでは彼に悼んでほしいとすら願っている。でも泣き顔は見たくない。涙はぜったい綺麗なんだろうけれど。 「どうしたら泣かせないで済むんかな」 「それこそ、かんたんなことだぁ」 びっしりと水滴が張りついたグラスをかたむけてうすくなった麦茶を顔をしかめて飲みながらスクアーロは鼻で笑う。安っぽいそれさえ似合っていて、腹が立つよりも先に美人はなにをしても美人なんだと思った。綱吉とはまたちがった意味で彼は綺麗だ。 「死ななきゃいいんだよ。おれも、おまえも」 なんのふしぎもない、ごくごく 当たり前のことを真っ向から言われて思わず笑ってしまう。 「はは。本当にかんたんなのな」 いきなりへそを曲げたのか、あやしくなってきた雲行きとごろごろ鳴りだした空におどろいて先っぽが濡れたままの足を引っこめたスクアーロを笑いながら、夏だなあと思った。
夏は気まぐれ、気のままに |