ヴァリアーの仕事といえば活動するのは主に夜だ。諜報護衛に暗殺となんでもござれなエリート集団――裏向きになら誇れるし胸も張れるがそれでも昼間外出することはそうない。
 隊服もイタリアの夜にまぎれるのと、どうせなら血を目立たせないためにか光沢のある黒だ。さすがに始終着ているわけではないが普段着も黒を基調にしている。それもたいしてこだわってはいないからなおのこともったいないと嘆いたのはルッスーリアだったか。
 だからこそスクアーロには今現在自身が置かれている状況が理解できないでいる。
「なんだっておれがこんな真っ昼間から買い物してんだぁ」
 視線だけであたりを見まわせば人、人、人。学生や会社員にまざってきゃらきゃら笑っているのは観光客だろう。自分もまたその風景をつくる一部だと考えるとさらに気分が萎えた。ただでさえ人ごみは好かないというのに。
「うしし、おれが連れてきたからじゃね」
 してやったりと笑ったのはがしりと腕にしがみつくベルフェゴールだ。なにが楽しいのは始終けたけた笑う彼はいつもとは色の異なるボーダーシャツにあちこち破けたジーンズでそこらにいる若者――スクアーロが若くないわけではないが、ほかに言いようがない――にすっかり溶けこんでいる。決してわるいことではないが、とにかく彼もまだ子どもの範疇ということだ。
「つうかいつまでもくっついてんじゃねえぞぉ。暑い」
「いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃねーし」
「減るどころか増えんじゃねえかぼけ」
 もちろん増えるのは周囲からの目と自分の羞恥心だ。
 スクアーロとしては目立つのは本意でない。着ているのは白いシャツに黒のスラックスといたってシンプルだが問題は髪だ。いつもは流しているだけで目につく銀髪をルッスーリアに三つ編みにされたせいでさらに人目を引いている気がする。しかも髪留め代わりに細いリボンで束ねられているから横にいるベルフェゴールのティアラとの相乗効果でよけいな想像を引き起こしかねない。
 そんな杞憂をよそにやってベルフェゴールはスクアーロの腕にからむ自身のそれをきつく巻きなおし、ぶらさがるようなかたちで顔をうかがってきた。
「べつにおれ王子だし、見せつけてやればよくね? てか殺っちゃっていいんじゃね?」
「てめえが死ね」
 本当、なにが悲しくて男ふたりでスペイン広場を歩かねばならないのか。
 たしかに今回の仕事はベルフェゴールと組んで行う。標的はとある企業の経理担当で肌身離さず所持しているmicroSD――ひと昔前まではFDだのCD-ROMだのMOだの言っていたのに、科学の進歩は本当に目覚ましい――の奪取。中身はボンゴレが表向きに抱きこんでいる傘下企業がやらかした汚職の始末だ。直接の関係はなくとも不要な芽をは摘んでおくに超したことはない。
 敵対しているファミリーの支部を殲滅するわけではないからふたりで十分、また標的はしがない会社員を気取っているから必然として容姿的に人ごみにまぎれやすいスクアーロとベルフェゴールが担当するのもわかる。けれど標的がスペイン広場に訪れるのは夕方と推測される。万が一のために網を張るにしてもいささか早すぎた。
「なあなあ」
「あ゛?」
「ジェラート食わね? つか買ってこい」
「あ゛あ!?
 突拍子もなく言い出したベルフェゴールにがなったところで彼は気にした様子も見せずにきしきしと笑うだけ。あまつさえ空いた片手では向かい側にあるジェラートのスタンドを指差している。
「自分で行ってこい」
「やだよ。おれ王子だもん」
 またそれか、とスクアーロは閉口する。
 ベルフェゴールのわがままは今にはじまったことではないが、たがいに干渉を嫌うヴァリアーの特性のせいかさらに助長されており、その被害のほとんどが無自覚に人の良いスクアーロがかぶっている。なんだかんだ良いながらも結局は希望を通してくれることに加害者が味をしめているせいだ。
 そして今日も同じようにジェラートを買い与えてしまった。甘やかすのはよくないとわかっていながらも逆のことをしてしまうのだから自分も他人のことを言えた口ではない。





晴れた日に非日常