「ツナ!」
 下手すると身体がふっ飛ばされるんじゃないかというくらいのいきおいで抱きついてきた子どもを腹に力をこめることで受けとめ、ちょうど腰あたりにあるそのさらさらの髪をわしゃわしゃ撫でながら綱吉は今日中に決済しなければならない案件の書類に目を落とす。
 ごろごろと子どもが甘えている様子はまるでかわいい盛りの仔猫のようだ。現実におけるその本性は仔猫なんてかわいいものではなくて虎かライオンでもまだ言いたりない。それは子どものお仲間もそうなわけだがそれをまとめて見た目とおりに捉えて甘やかして好きにさせておくのは綱吉と、かれの母と、かれの想い人くらいなものだ。
 子どもが綱吉にへばりついておよそ三分。いつもなら唐突にトリガーを引く綱吉の家庭教師は不在だ。かれは今フランスのリヨンに飛んでいる。おみやげに手品をリクエストしたらかれはその場で舌打ちと鉛玉をプレゼントしてくれたものだ。けれどかれのことだから躍起になっていそうだ。ヒットマンはアーティストでありエンターテイナーなのだから。
 それ以上に綱吉が子どもの好きにさせているのはわけがある。
 ふと思いついて自分に連なる部下たちに仕事を与えた。どれも海外出張。ファミリー外のアルコバレーノふたりには正当なビジネスとして話を持ちかけて。どれもこれもがその国に訪れて視察するようなもので、本来は綱吉がそれを口実に旅行するためにふり分けておいたもの。視察期間は個人差だが最低でも二週間以上はかけてもらいたい。時間差はあれども全員がイタリアを出たのはほぼ同日。そのなかで子どもが一番最初に戻ってきただけのこと。
 ずーりずーりと子どもを引きずって綱吉は自身の執務室まで歩く。
「やっぱり流れているのは薬なんだ」
「おう。純度の高いのが上海から流れてるぜ」
「ふうん。やっぱこっちにも来るかな。バイヤーはどこか知ってる?」
「予想はつくぞコラ」
「さすがだね。それにしても上海か……つついて蛇が出たら厄介だな」
 ため息をひとつ。
 イタリアンマフィアとはまた一風違った伝統と格式を持つ上海マフィア。ほぼ裏側に位置するそこが昨今急速に息を吹きかえす、いや、目覚めの兆候が見えてくる。しかもそれがアジアだけにとどまらずヨーロッパにまで手を伸ばそうとしているのだから綱吉としても目をつむるわけにはいかなかった。そうでなくても日本には母がいるのだ。
 あとはもうひとりのファミリー外の子どもが持ってくるである情報を待つばかりだ。かれが個人的に持っているパイプはこういうときにこそ役立つ。ギブアンドテイク。ビジネスとはそういうものだ。
「で。報酬の話だけどなコラ」
「デート一回、だろ」
 のぼせあがんなマセガキ、と。綱吉は子どもの額をはたいた。





青色一号
(身体にわるいもんはぜんぶ削除だ削除)