家主が言い出さなければわからないことだが沢田家に緑色の食器はない。たんに好みの問題だと言うならそれで事足りるがそうではなく、微笑ましくも殺伐とした事情があった。
 そしてそれは今も呪いのように、

 がしゃん。
 かすかに聞こえた音に綱吉は顔をあげ、ああもう昼かと背中を伸ばす。発生源は食堂。そういえば新しいメイドを雇ったばかりだった。きっと知らなかったんだろうなあと内心つぶやきながら綱吉は執務室を出た。
 天気がよければ庭のオープンテラスで食事をしたい時期だが最近はとんと冷えこんでいる。寒いのが得意でない綱吉を心配してか、右腕を筆頭に屋外にはなかなか出してもらえない毎日だ。それがすこしだけ退屈。
 すれちがう部下たちに手をふり、軽い足取りで食堂を覗いてみれば案の定、見事な刺繍がなされたクロスのかかる長いテーブルの一角でぴかぴかのメイド服を着た女性がひとまわりも年下の少年に見ているこちらが申し訳なくなるほど頭を下げている。
 くりかえされる謝罪にも少年は無反応。いよいよメイドが蒼い顔を絶望で彩ったときに綱吉は食堂に踏み入った。
「リボーン」
 呼べば、少年はぴくりと肩を揺らした。それ以上にびくついたメイドは綱吉をふりかえるとあわてて 頭を下げてふたたび直立不動。しかしモスグリーンの目はあきらか潤んでいる。
 綱吉はため息を吐き、メイドにふたり分の食事を頼んで下がらせた。おそらくメイド仲間に事情を話すだろうから必然的に二度目はないはず。
 足早にメイドが去り、食堂には綱吉とリボーンのふたりきり。無言のままの少年の足下には赤い染みが広がっている。乙女の髪と称されたパスタにからみついたトマトソース。今年はトマトのできがいいそうだ。それから、見るも無惨に割れた青緑のまるいガラス皿。主張しすぎないそれと料理の色合いはなかなかだ。
「また割ったんだ。これで何度目」
 笑みをふくんだ声で問うもリボーンはなんの反応も見せない。それさえも綱吉には慣れたこと、どっこらせと無意味な掛け声でしゃがみこみ、
「昔からずっとだもんな、きっとランボが割った数より多い」
「さわるな」
 変声期を向かえる前の高いそれ。同時につきつけられたのは横浜で買える中華鍋、すなわち拳銃。ベレッタM92。ダブルアクションのそれを彼は昔から愛用している。もともと身体の一部のようになじんでいるから目隠し分解だってお手のもの。
 眉間にぴたりと向けられた銃口をじいと見つめ、綱吉は目だけ持ちあげて露になっているリボーンの目に合わせる。よく見ると黄色の粉がまざったような鴉色のそれには昔と変わらないおびえ。
「まだ、こわい?」
「……るせー」
「みどりの皿を割らなくても世界は終わらないよ」
 忌々しそうに唇を噛み、そらそうとするリボーンの目を許さずに綱吉はつづける。
「おれはここにいるから」





かなしい国のかなしい歌
(それでも遊吟するなら胸を突いて死ななくちゃ)