「山本ー」
「んー?」
 ちゃりちゃりと、原形がかろうじてわかるていどに塗装がはげてしまった人形のついたキーホルダをまわしながらとなりを歩く山本を見あげるも彼は生返事だ。外は雨。山本の大好きな野球ができない天気だというのに(事実この雨のせいで野球部の活動は中止。屋内での筋トレもなし)なにが彼をこれほど上機嫌にしているのか。思いあたることもなく、まして彼ではない綱吉にわかるはずもないのでただただ首をかしげるばかり。
「……なあ、本当にこんなかチャリで帰んの」
「おう」
「ぜってーに濡れると思う」
「心配すんなって。ツナの傘でかいし」
 擬音語がつきそうなほど快活な笑い方。山本だからこそ似合うそれに綱吉も自然と肩のちからが抜ける。遠ざかりつつある日常は一皮めくればそこにあったらしい。ちょっとした新発見。灯台下暗しとはまさにこのことか。
「つーか本当にどしたの」
「なにが」
「やけに機嫌いいだろ。なんかあった」
「いや、べつに」
「ふうん」
 下駄箱で靴を履き替え、そのまま駐輪スペースへ向かう。湾曲した鉄板に雨粒がはじけて奇妙な不協和音をつくっているそこに停まっている自転車はまばらだ。山本のはマウンテンバイクだったはずだが先日ギアチェーンが切れてしまったらしく修理中とのこと。すこし奥まったところにある紺色の自転車はご近所配達用のものだ。
「乗っていいぞー」
「ん。遠慮なく」
 手早く錠をはずしてサドルにまたがる山本にうながされ、綱吉はよいしょと荷台に乗りあがる。山本の背中と自分の腹とでうすっぺらい鞄をふたつはさみこむ。
「ちゃんとつかまっとけよ」
「あ、ちょいたんま」
 声で制し、綱吉は今朝持たされた深緑色の傘を開く。やたらと大きいそれは購入の意図からもうふたり以上用だ。綱吉はリボーンやらランボやら、とにかく子どもと出歩くことが多いからどうせなら、ということ。たしかに大きい傘は荷物も濡らさずにすむから重宝している。今日だってこんな風に。
「いいよ」
「うっし」
 行くぜ。声とともに自転車が走り出す。
 エーススラッガーの山本にかかれば綱吉分の重量などおもりにもならないらしい(もともと貧弱なほうだけれど)。文字どおりお荷物な綱吉にできるのは山本の邪魔にならないように彼が濡れないようにすることくらいだ。
 べつに綱吉自身は濡れてもいいと思っている。雨の日は好きだ。湿気はいやだけれど独特の空気は昔から嗅ぐと落ち着く。でも、濡れて帰ると家で待ちかまえているであろうリボーンがうるさい(身体を冷やすなだのなんだの、おれは女の子か)。
「ツーナー」
「なにー」
「ほんとはなー」
「うーん」
 車輪がからからまわる。雨がアスファルトをたたく。こんな天気だからか道路にはひとっこひとり、猫の仔一匹見あたらない。世間がしずかなせいでテンションがあがる。おたがいで間延びしているのはたぶんそのせい。
「こーゆー日でもないとこんな風に帰れねーじゃん。おれら」
「そーだね」
 晴れた日は山本は当たり前で部活がある。綱吉は無所属だから補習でもないかぎりまっすぐ帰宅。その間にひと騒動あるのが当たり前。ときどき部活が休みだったりすると歩いて帰ることもあるがたいてい獄寺が一緒だ(むしろいつも一緒)。今日は保健医におさまっているシャマルに用があるとかで土下座する勢いで一緒に下校できないことを詫びていたがさして問題はない。むしろあの崇拝じみたノリに慣れてしまう日が来ることが予感できてため息のひとつ吐きたくなる。
「コンビニでも寄ってくか」
「や、帰る。ゲームする」
「んじゃおれにもやらしてくれ」
「おっけー」





傘に隠れてキスしよう
(スリルがあっていいじゃないか!)