いなくなってしまう。
 いつもと同じ、前と変わらないやわらかであたたかな笑みを浮かべただけなのに、瞬きしたらもういないんじゃないかという気になった。それはとてもこわいことだ。置いていかないで、なんて言えない。この人を置いていくのは自分だ。ずっとずっと一緒にいたいし、いてほしいのに、それが叶わないのが自分のせいだなんてあんまりだ。ひどいひどいひどいひどい! こんなのってない! だけどだれに願ったところで叶いはしないのだ(だってこの人をこんな風にしたのは神さまみたいなもの)(それでもかえしてほしいと願ってしまった)。
「いなく、ならないで」
 ああ、精いっぱい張った虚勢にきっとこの人は気がついてしまったにちがいない。だって困ったように笑っている。笑いながら頭を撫でてくれる(そしてささやくのだ)。
「どこにもいかないよ」
 ごめんなさいごめんなさい。本当は困らせたくない。しあわせにしてあげて、しあわせにしてもらって、しあわせになりたい。泣き顔なんて見せたくない。だってこの人は泣けない。泣けない代わりにいっぱい傷ついて傷ついて消えてしまう。もう一度。そうしたら会えない。
 もう二度と。
 そんなのぜったいにいやだったの。
「ひどいひと」
 傷つけた。冷静などこかがそう認識するけれど痛む心は押しのけてどこか見えないところへ。手のひらに食いこむ爪の痛みにこれでいいんだと思いこむ。でないとこの人をここに繋いでおけない。やさしい人だから。弱い生き物に食いつぶされる綺麗なものだから。そう納得して、この人を繋ぐ枷になろう。後悔はしない。懺悔もない。言いたいのはわがままな祈りだけ。





どうかここにいてください
(それを呑みこむことでしか伝えられないこの歯がゆさ! なんて無力なんだろう!)