パーティやらレセプションやらでばたばたしていたせいでいつの間にか日本は十四日になってしまっていた。学校のほうには私用が延びたと伝えて自家用ジェット機を飛ばし(実はこういうことは初めてでない。だからアッシュフォード学園に転校したいと言っているのに姉がなかなか許してくれない)、仕事中であったセシルをつかまえたユーフェミアは即席のチョコレイトづくりを教授されている。 持ち慣れない包丁をにぎって少しずつスイートブラウンの板をきざんでいく。 休日のお茶の時間になると出されるチョコレイトケーキもこういう風につくられていると知ったのは初めてヴァレンタインチョコを手づくりした(ついでに言えば初めて二月十四日に女性から男性にチョコレイトを送るという日本の文化を知った)ときで、それ以来ユーフェミアはチョコレイト菓子が出るたびにパティシエにお礼を言うようになった。 一番仲のいいメイドの子に教えてもらってつくったチョコレイトは溶かしてハート型にしただけのものだったけれど、姉は喜んで受け取ってくれた。けれど優しい姉はいつだって美味しいとしか言ってくれないから(わざと苦く淹れた紅茶もだ!)正直不安だったけれど、自己紹介と一緒に渡したチョコレイトを彼は笑顔でもらってくれたのだ。 ――ありがとうございます、ユフィ 今よりももっと高い声をしていた彼にはじめて呼ばれた自分の名前はまるで自分じゃないような響きを持っていたことをあらためて思い出し、ユーフェミアは顔がかあっと熱くなるのがわかった。 思えばあのときまで話したことさえなかったのだ。それまでの彼に関することは異腹兄に自慢されたらしい姉の愚痴が全部だった。歳はユーフェミアより一つ上で運動がとても良くできて、なにより頭がものすごくいいのだと。異腹兄とチェスをすれば五回に二回は彼が勝つと聞いたとき、ユーフェミアはそんな人いないと思った。異腹兄はふざけているのだと。当時のユーフェミアにとってしてみればチェスが一番強いのはシュナイゼルお異腹兄さまで、その次がすぐ上のルルーシュだった。二番目のクロヴィスお異腹兄さまは絵を描くほうが好きだし、コーネリアお姉さまは乗馬をしているほうがよほど活き活きしている。 いろいろあって彼の家に滞在する役目はルルーシュのものになってしまったけれど、その代わり毎年欠かさず贈り物をしている。彼の誕生日、クリスマス、そしてヴァレンタイン。時間が許すかぎりユーフェミアは直接渡すようにしているのだが、彼はそうもいかない。お礼はちゃんと送られてくるけれどユーフェミアの誕生日もクリスマスも盛大なパーティになってしまうから彼とは会えない。だがヴァレンタインは別だ。男性からチョコのお礼として贈り物があるホワイトデーは日本だけの文化だから気兼ねなく彼と会えるのだ。彼は毎回お礼はなにがいいかと尋ねてくるのでその度に一日分の時間をお願いしている。彼にしてみればただ出かけているだけなのだろうがまわりからすれば立派なデートだ。腕を組んで歩いて写真を一枚撮るだけで異腹兄たちは慌てるし、学校の友人たちはうらやましがる。そんなちょっとしたことがユーフェミアには楽しいのだ。 一番悔しがるであろうルルーシュの顔を思い浮かべ、ユーフェミアはくすくすと声をあげて笑う。 「手元がお留守になっていますよ」 となりで同じように板チョコレイトをきざんでいたセシルに注意され、ユーフェミアはふたたび包丁を動かす。 「む、むずかしいですね……」 ただきざむだけなのにどうしてもいびつになってしまう。セシルは均一にきざめているというのに。やはり普段からやっていないとだめなのだろうか。 「そういうときはピーラーを使うといいですよ」 「ピーラー、ですか」 聞きなれない言葉にユーフェミアは首をかしげた。セシルがなにやら引出しから取り出したのは手のひらサイズの、なんだかまるい感じのするものだ。半円に楕円がくっついて、半円のところには薄い板が二枚組み合わさっている。どうやらその薄板が刃らしい。なにに使うのだろう。 「本当はじゃがいもとかの皮剥きに使うんですけれど、こうやって」言いながらセシルは包装を剥いた板チョコの辺が短いほうに刃をあててすーっと左右に動かした。見る見る間に板チョコはくるくる巻きに削れた。「時間はかかりますが、こうしたほうがチョコが斑(むら)なく溶けますよ」 「へえー。おもしろいですね」 それにとても簡単そうだ。ユーフェミアはピーラーを受け取ると三分の一ほそきざんだチョコの断面にそれをあててくるくると剥いていく。チョコが溶けないように室温を低めに設定しているので体温にさえ気をつければ大丈夫なようだ。 リズムカルに包丁を動かしだすセシルに、ユーフェミアはふと思いついて訊いてみた。 「セシルさんはどなたにあげるんですか?」 「そうねえ……」 包丁を持っていないほうの手をほほにあて、セシルは母親のようなおだやかな笑みを浮かべて真っ白な天井を見あげた。 たぶん上司であるロイドは確実だし、彼にもあげるだろう。セシルが彼にあげる分には全然かまわない。だってセシルは彼の保護者のようなものだから。大きさの異なるアイビーの葉っぱがバットに並んでいるをこっそり見て、ユーフェミアは微笑った。彼と姉にあげる自分もやはり似たようなものだ。 けっきょくだれにあげるのかは言わずにセシルはきざんだチョコをボウルにざらざらと入れる。そばにはお湯の張られた一まわり大きなボウルが置かれている。それを見てユーフェミアはあわてて自分の作業に集中した。 「そうそう。スザクくんも毎年だれかにあげているんですよ」 「え、」 唐突なそれにユーフェミアは目をしばたたかせ、半拍おいて手にしていたチョコを取り落とした。ばきんと半分に割れたそれはカカオ九十九パーセントの、食べた感じがまるでクレヨンのようなチョコレイトではないと言いたくなるほどのものだ。スイートと合わせて使おうと思ったのは失敗だったかもしれない。 |