ルルーシュは、カレンが三学年各クラスの委員長に筒状にした模造紙を配り終えたのを確認し、用意しておいたスピーカをわざわざ使うような真似はせずに手にした資料を一枚めくって話しはじめた。 同時にカレンは一歩下がって、邪魔にならないよう軽く壁に寄りかかった。 「それではこれより終業式後に行なわれる学園主催クリスマスパーティへの参加に関する連絡事項を通達します。一度しか告知を行なわないので必要であればメモを取るように、」 このクリスマスパーティは、もはや聞けば誰もが諦めて納得するミレイのお遊びとは別の、入学パンフレットにも載っているれっきとした学園行事だ。 しかし会場にはクラブハウスのホールを用いるために全校生徒が参加できるわけではなく、参加人数の上限を設定するのはやはり生徒会長たるミレイだ。昨年は学園内外を問わず恋人がいる生徒、職員は参加を禁止したので、予想どおりというか参加人数は例年に比べて激減した。そこで今年は生徒会メンバ全員で話し合いを重ね、さまざまな趣向をこらした(ルルーシュに言わせればたかが条件に趣向をこらすなだ)。 「今年の参加者は先ほどこちらが配布したあみだくじで決定します。このくじは前もって生徒会が作成したもので、各クラスの生徒が一人ずつ名前とラインをランダムに書き入れます。全員が記入を終えてからラインをたどってもらい当たり――パーティ参加権につながった生徒のみ参加となります。当たりの数はくじによって異なり、生徒自身がラインを追加することでさらなる平等化を図りました」 くじの結果について生徒会は一切関与しません、とルルーシュは最後につけ加える。 要するに運が良ければ全員参加も可能だが一人も参加できない確率もあるわけだ。一クラス四十名前後で構成されているために全員での確率計算はむずかしく、めずらしく企画会議に参加していたカレンが提案したこの方法はたしかに合理的で平等だ。 どうでもいいが、ルルーシュとカレンの担当は高等部で、中等部にはシャーリーとリヴァルが説明を行なっている。実を言えばこの組み合わせを決定するにも一悶着あった。 閑話休題。 視聴覚室は蟻の巣に水を注いだようなありさまだ。わさわさ、わさわさと少々目に痛いカラァリングの頭が動いている。正直、説明してもらえるだけありがたいと思え、とルルーシュは声を大にして言いたい。 「ルルーシュくん」 腕をつつかれ振り向けば、カレンが困ったように眉を片仮名のハにしていた。 伏し目がちな潤んだマリンブルーの目とひかえめな態度はしとやかなお嬢さまそのものだが、彼女の気性が誰よりも荒いことをルルーシュは知っている。カレンと言い異腹姉と言い、どうして自分のまわりにはこうアクティヴな女性ばかりなのだろうとため息を吐いたのはルルーシュだけの秘密だ。 ルルーシュの目をじっと見つめるカレンは言外に「さっさと終わらせろ」と雄弁に語る。 同意だったルルーシュは一つうなずき、わざとらしく咳払いした。 「なにもないようならばここで解散とさせていただきますが、」 「はい」 挙手したのは三年の男子生徒だ。たしか柔道部の所属で、今年のインターハイでは団体戦の先鋒を務めていたはずだ。彼は指名するより先に両手を長机について身を乗り出す。 「今の方法ではあまりに不公平ではないか? さすがに生徒会の横暴が過ぎると思うが……」 生徒会というかミレイが横暴であることなど、それこそ今さらだ。結果も運も自分でつかめ。 ルルーシュは内心であきれつつもそれを面にはおくびにも出さず、あくまでも事務的に資料をかかげた。 「この書類には会長印と理事長印が捺されています。お二人の連名による指示のため、残念ながらこの提案は絶対となります」 あちこちで息を呑む音が聞こえた。それもそうだろうな、とルルーシュは肩をすくめる。 意見を投げかけた男子生徒は絶句したまま着席した。なぜか頭を抱えてしまった様子からして、もしかしたらミレイと同じクラスなのかもしれない。そうだとしたらご愁傷さまだ。 生徒会長ミレイとその祖父である理事長の連名は伝家の宝刀だ。大型行事の進行をスムーズにするために行使されるこれに太刀打ちできる人間は学園内にいるかぎり誰一人としてできない(あえて言う例外は一人だ)。 今度こそ全員が(せざるをえなかったために)納得したようだ。 ルルーシュはカレンに目配せし、視聴覚室を見渡した。 「ほかに意見、質問等がなければ解散となります。各自教室に戻り次第くじを実施し、参加者をリストアップして本日の最終下校時刻までに生徒会へ提出したください。また、参加者には後日生徒会から招待状が届きますので、そのことも必ず連絡するように。以上」 知り合い同士で固まりながら生徒たちが退室していく。その間にもルルーシュとカレンは手分けして換気のために開けていた窓に施錠し、忘れ物やごみなどをチェックする。そして最後の一人が部屋を出たのを確認し、視聴覚室に鍵をかけた。まず普通に施錠、それから暗証番号とカードキィによる電子ロックだ。もしも不正な方法で入室しようとすると警報がなり、すぐさま警備室に連絡が行く仕掛けになっている。併用することで的確な防犯を、というのがこのシステムを導入したバトレー教頭の文句だ。 デフォルメされたイルカのキィホルダのついた鍵を職員室に返し(ちなみにこれをつけたのは家庭科の教師だ)、クラブハウスへ戻ろうと並んで校舎を出る。 となりのカレンは人目がないのをいいことに、スカートの裾も気にせずに大股でずかずか歩いている。不機嫌そうに眉根を寄せ、右手は腹部にあてられている。 「あー、もう! お腹空いた。あいつらあんなことでぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃしつこいったらありゃしない」 「そうだな」 今にも暴れ出しかねないカレンの様子にルルーシュはついと目をそらした。彼女ほどとまでは言わないが、できればスザクもこれくらいの食欲は持ってほしいというのがルルーシュの切実な願いだ。 昨日で期末テストは終了しているため今日から終業式まで半日授業の日程が組まれている。とは言うものの実際に行なわれるのはテストの答案返却であったり三学年合同のクラス対抗球技大会であったりなどだ。ルルーシュたちが準備に終われているクリスマスパーティまで残すところ五日だ。 「会長のことだからランチくらいつくっている。クラブハウスまでの我慢だな」 「人目をはばからずに食べていいならな。あー! 本当、病弱なんて設定にしなければよかった!」 「……たいへんだな」 吼えるカレンをなだめるためにルルーシュは彼女の肩を軽くたたく。家の体面を背負っているのだからそれも仕方がないのだがもともとスポーツマン気質のカレンに清楚なお嬢さま役はさぞ窮屈なことだろう。そのストレスの発散が原因で出会うこととなったのだが、彼女にはいい薬だというのはスザクの談だ。 クラブハウスへといたる道に差しかかったところでカレンは態度を一変させた。釣りあがっていた目を瞬時に潤ませ、歩幅を極端にせばめてルルーシュの半歩うしろを歩く。スザクと会う十年前までは似たようなものだったルルーシュは見るたびに感心してしまう。 ルルーシュの予想したとおり、生徒会室はちょっとしたティーパーティが始まろうとしていた。会議用の長机の上には二色のサンドイッチが盛りつけられたプレートがいくつか置かれ、椅子の前には鮮やかな紅茶が八分目まで注がれたカップが人数分並べられている。 「二人ともお疲れさまー」 振り返ったのは白いフリルエプロンを制服の上に着たミレイだ。彼女が胸の辺りで持っているティーポットはリチャード・ジノリのレッドコックパタンのもので、プレートやティーカップ&ソーサも同じパタンで統一されている。 「ルルちゃんもカレンちゃんも座って座って。ランチにしちゃいましょう」 「え、ええ……ありがとうございます。会長」 「良いって、良いって」 ぐいぐいと背中を押されて席についたカレンが遠慮がちに礼を言うと、ミレイは自然な動作でウィンクした。それを横目にルルーシュも指定席であるシャーリーのとなりに腰を落とす。 淹れたてらしい紅茶からはほわりとオレンジの香りがした。レディグレイの茶葉はルルーシュも好きでよく飲むのだが、スザクはもっぱら眠気覚ましの濃いコーヒー派だ。スザクは胃がからっぽだろうが平気でコーヒーを飲むので見ているルルーシュの胃が痛くなる。 「遅かったなあ、ルルーシュ。そんなに手間取ったの?」 ルルーシュたちよりもだいぶ前にクラブハウスへ戻っていたらしいリヴァルはいまだにサンドイッチを口に運んでいる。小柄にわりに彼はよく食べるのだ。 「まあな。でも連名だって言ったらあっさり納得してくれたさ」 答え、ルルーシュも同じようにプレートに手を伸ばしてライ麦のサンドイッチをつまんだ。フィリングはレタスとスモークサーモンとチーズで、悔しいことにかなり美味しかった。ミレイにレシピを聞こうと心に決めつつ絶対にからかわれるんだろうなと思い当たって肩が少し重くなった。しかしそれもスザクのためを思えば些事かもしれない。 「そっか。カレンもたいへんだったね」 「そうでもないわ。ルルーシュくんがほとんどやってくれたし」 すでに食事を終えていたシャーリーはカップに口をつけながらねぎらえば、見ていていらいらするほど(おそらく一番いらいらしているのは本人であることは間違いない)ゆっくりとしたスピードで細かなチーズが混ぜ合わされた卵フィリングのサンドイッチをちまちまとかじっていたカレンは言葉を用意していたかのようにさらりと返した。 「ふうん……ルルがねえ…………」 つぶやき、なぜか半眼になったシャーリーがルルーシュを睨む。心当たりのないルルーシュはなにか言いたそうなその目線をそれとなく気づかない振りをしながら二切れ目を紅茶で流し込んだ。 エプロンを外して背もたれにかけ、ミレイは二度手をたたいた。集まる視線をぐるりと見返し、すっと伸ばした人差し指を振る。 「ほらほら、たったか食べて決めること決めちゃいましょう。なんたって今年はスザクちゃんが参加してくれるんだから!」 唐突にカップを持つルルーシュの手が小刻みに震えた。あからさまなその反応に四者の目がそちらを見るが、いつものことなのでさらりと流される。 「会長、どうせなら今やっちゃいましょうよ。おみだくじなんだからさあ」 「ちょっと! ルルはともかくとしてカレンはまだ食べているのよ!?」 「あ、わたしは別に……」 「こーら、騒がないの」 喧騒を右から左へと流しながらルルーシュは額を押さえた。滅多に活動に参加しないがスザクも一応は生徒会メンバだ。クリスマスパーティに生徒会メンバの参加は絶対となっているのだが彼は「師走だから」という意味不明にもほどがある理由でここ一週間ほど研究所のほうにこもりっぱなしだ。あれでも自分の家が経営している会社の一端なので信用していないわけではないだが、なるべく早く先手を打たなければスザクは確実にユーフェミアかシュナイゼルの同伴としてブリタニア・カンパニのほうのパーティへの出席が決定してしまうだろう。パーティは二十五日だが、本社のあるイギリスで行なわれるために終業式にはとうに雲の上だ。それだけは阻止しなければと何度もメールを送っているのだが例によって一通の返信すらこない。あのばかめが。 話に収集がついたのか、ミレイが人の悪そうな笑みを浮かべながら指をはじいた。 「リヴァル、あれを!」 「ラジャ!」 ばん! と長机の空きスペースにたたきつけられたのは雑にちぎられたB5サイズのレポート用紙だ。横向きに使うらしく罫線に沿ってサインペンで線が七本引かれ、下のほうが二重に折りたたまれている。 「今からこのくじまわすから横の線を下から足してって。で、書いた人はそれを折って次にまわす。全員にまわったら名前を書いてご開帳よ」 まず渡されたのはカレンだが、順序は時計まわりなのですぐにルルーシュの番がやってきた。サインペンのキャップをつけたり取ったりしながら思案する。 このくじは一般生徒と違って参加者を選ぶのではなく、パーティでの盛りあげ役の担当だ。お遊び好きのミレイ発案のこれは当たりに行き着いた誰かが男だったらドレス、女だったらタキシードという単純明快なものだ。分岐がランダムになる手法であるために確率計算はできない。まさに運の勝負だ。 たっぷり三分間は考えてようやくルルーシュは線を引いた。サインペンと一緒にシャーリーに渡せば「うだうだ考えたってしょうがないじゃない」と素早くペン先をすべらせた。その後もリヴァル、ミレイ、ニーナ(彼女はずっと実験データのグラフィングに没頭していた)とつづき、一巡したところで今度は名前を書いてまわす。 「じゃあここスザクくんね」 最後に残ったところにスザクの名前を書き入れ、ついでにハートを乱舞させる。すっかり細くなったレポート用紙に書かれた名前は左からリヴァル、ミレイ、ニーナ、ルルーシュ、シャーリー、カレン、スザクだ。 「なにが出るかな、なにが出るかなーっと」 微妙に古いリズムを口ずさんでミレイがべらべらと紙を押しのばす。全貌が見えたところでルルーシュがすぐさま自分の名前を追った。なんとかアウトだ。ついでにスザクのもたどろうとして、 「あ」 五人の声が見事に重なった。 一番端のスザクだけあろうことかストレートくじになっていた。それも当たりに一直線。誰がどう見ても間違いなく当たりだというであろうあまりにも極端な大当たり。 大義名分持ちの不登校児枢木スザク。本人不在のまま女装決定。 自宅に帰るとルルーシュはエントランスで荷物を背負ったスザクと鉢合わせた。急いでいるようだったので手短に事情を話せば、スザクは裕に一分は確実に硬直していた。男女逆転祭りやら水着で授業などのミレイ企画をことごとく回避してきた彼が始めてぶち当たったものが一人で女装、それもクリスマスパーティだ。なんとか時間つくってみるけど無理だったら連絡する、とだけ言ってスザクは愛車で走り去った。いつもならばここで文句の一つや二つは当たり前だが、ここで下手に引き伸ばして切羽詰つまっているらしい仕事をさらに遅らせてパーティに参加できなくさせたあげく年明けまでイギリスに拉致されてはかなわない。 「久しぶりに見たな……スザクがあんなに動揺するの」 遠のいていく背中を見送りながらルルーシュはつぶやく。たぶん、最後に見たのはルルーシュがこちらに留学してきたときだろう。鳩が豆鉄砲を喰らったような、というのはあのようなときに使うのだろうと勝手に納得していたが実際はどうだか。 とりあえず、参加不参加からして不明。 |