ぺらり、ぺらり。 ルルーシュは必修である第一外国語科の古典の授業などそっちのけで机に雑誌を広げていた。自分ではめったに雑誌など買わないので、今読んでいるこれはシャーリーに無理を言って借りたものだ(彼女はちょっとしか読んでいないと言ってかなり渋っていた。ごめん)。 季節ものの服や小物のページは即座に飛ばし、たまにイギリスにいる妹のナナリーに似合いそうなものや目を引かれた記事があると軽く流し読みにする。女性誌など読んだことがなかったので意外とおもしろいがルルーシュの目的は別にある。 「ルルー、そこじゃないよ。スザクくんのインタビュはこっち」 「あっ」 横から伸びてきたシャーリーの細い指が一気にページをめくった。わざと時間を引き延ばしていたルルーシュは思わず声をあげる。 見開きいっぱいに渡ってシンプルな白抜きフォントでヘッディングが書かれている。こまかい文字がおどるバックには特派の制服(何度もクリーニングに出したから覚えた)を着た女性とスザク、それと白衣を着た眼鏡の優男が椅子に並んで座っていた。 対談形式にまとめられたインタビュのほとんどに答えているのはセシルで、ときどきロイドが補足を入れる。名前と口調からしてロイドが優男のほうだろう。主な内容は特派が新たに開発して特許出願中だというセキュリティ管理システム総轄人工知能(たぶんC.C.)についてで、一番の功労者であろうスザクは一言もコメントしていない。 「はあっ!?」 ルルーシュは雑誌をつかみ、食い入るように文に目を走らせる。ぐじゃぐじゃにしないでよーというシャーリーの文句は右から左に一切無視だ。 ページをめくった途端、インタビュはC.C.のことから一八〇度以上ずれてスザクのプライヴェートのことになった。あきらかにスキャンダルを期待している質問を察してか、スザクはあたりさわりのないことを答えているのに上司二人(主にロイド)が引っかきまわすせいでさらに突っ込まれる。 ネタはもっぱらルルーシュの異腹妹であるユーフェミアとの関係についてだ。 笑う男女とあわてて立ちあがるスザクの写真が背景になった見開きページの左端にはスザクとユーフェミアが私服でにこやかに談笑している写真がクローズアップされている。 これをルルーシュは自分の目で知っている。彼らの服装からして以前(不本意ながら)三人で出かけたときだ。スザクが寄りかかっている壁はジューサーバのスタンドのものだから、タイミングとしてはルルーシュがじゃんけんに負けて三人分のドリンクを注文しているときだろう。 じゃんけんを言い出したのはユーフェミアだった。スザクに教えられたばかりのはずなのに、あのほけほけっとした異腹妹はルルーシュの心理戦なんてものともせずにあっさりと勝利してみせたのだ(スザクがやると不公平なので最初から参加していない)。 きっとユーフェミアはすぐそばにカメラがまぎれていることに気がついていたにちがいない。でなければどうしてカメラ目線で写っているのだ。 「シャーリー、ありがとう。これ返すよ」 授業が終わって(けっきょくなにをやったのかすらわからない)、ようやく五割ほど立ちなおれたルルーシュは雑誌を手渡した。シャーリーはそれを受け取ると軽くしわを伸ばしてからバッグにしまう。 「すごいよね、スザクくん。こんな可愛い子に一目惚れされたんだって」 「なんだと?」 無意識にルルーシュの眦(まなじり)が釣りあがった。それに気づかず、シャーリーはつづける。 「あれ、知らない……よね。ルルだもん。あのね、先週出た別のやつでこの子言っていたよ。プリクラも撮ったみたいだし」 めまいがして、ルルーシュは額を押さえた。 あの箱入りのお嬢さまがプリクラなるものを知っていたことにも驚きだが、あのスザクが一回四〇〇円もするような無駄なことをするとは予想外だ。割り勘にせよどちらかの奢りにせよ、正直いつの間に撮ったんだと面と向かって聞いてみたくなった。 あ、と突然シャーリーが声をあげた。ふたたび雑誌を取り出しながらぱらぱらページをめくる。 「ルルー、見て見てっ!」 額に手をあてたままルルーシュは目だけを動かした。シャーリーは雑誌を横にして一部をびろーんと伸ばしている。 「じゃーん」 ルルーシュは目を疑った。 ある意味恒例である雑誌の付録は、あろうことかスザクのピンナップだった。 「スザクっ!! なんだあのふざけた雑誌は!?」 いつまで経ってもケータイがつながらず(呼び出しが長いとか即留守電サーヴィスなんてものじゃない。電源が落ちていた)、いても立ってもいられなくなったルルーシュは昼休み以下の授業をすべて自主休講した。 スザクの部屋は晴れた日の正午をとうに過ぎたというのにあいかわらず暗い。その部屋のちょうど中心、五台のパソコンが並ぶカーペットにうつぶせに沈んでいた。 朝と同じ光景に嫌な予感がして、バッグを放り出して冷蔵庫を開けてみれば案の定つくっておいたチキンとトマトとレタスのサラダサンドイッチが三つ、サランラップにぴっちり包まれたままになっていた。手がつけられた様子は微塵もない。 「起きろ、このばかスザクっ!」 どすどすと足音をわざと立てて近づくとその場にあったてらてらしたA3サイズの本(ジョージ・メイスの写真集だ。あとで借りよう)で文字どおりたたき起こした。 のろのろと肩から上を持ちあげたスザクになにを言わせる隙も与えずにラップを剥いたサンドイッチをつきつけた。条件反射でそれをくわえ、手を使わずにもふもふ食べる彼は無駄に器用だ。なんとなく犬の餌づけのようなイメージを覚えながらも、ルルーシュは自分の分をほおばった。ぬりすぎたバタに眉をしかめながら帰宅途中わざわざ買った雑誌を並べた(二冊かったそれはどちらも女性誌だったのでカウンタの店員の目がかなりいぶかしげだった)。 ぱしぱしとまたたくことで尋ねてくるスザクにルルーシュは片膝を立てて座りなおしながらページをめくった。例のインタビュのページだ。 「ふぁー、ふぉへ?」 「飲み込むか手に持つかどちらかにしろ」 ルルーシュの突っ込みに、スザクは残りをすぐさま咀嚼、嚥下した。カーペットの上に無造作に放られていたサンドイッチをまた手に取ってラップを剥きながら口を開く。 「ユフィに踊らされすぎなんだよね、これ。別の……あ、こっちのやつだ。ルルーシュが買ったの?」 「笑うな。つづき」 「うん。こっちのプリクラだって、写真をこう加工してほしいって言われたらからセシルさんがやったらしいんだけど、実際撮っていないしね」 一般にはあまり浸透していないが、ブリタニア家の三女としてのユーフェミアは財政界の一端を牛耳る人間の一人として挙げられる。彼女の婿としてブリタニア家にはいればカンパニの実権をいくつか握ることができるのは必至。また何年か経って社長の座に就く可能性もゼロではない。 火のないところに煙は立たず。たかがファッション誌だろうが、これら週刊誌がおもしろおかしく取りあげたこの話題は正しく火の種だ。近々本家から接触があるかもしれない。 ルルーシュはあからさまに眉をしかめた。 「どうする気だ」 「別になにも。ヒトの噂は七十五日って言うし、二ヵ月半くらい篭りっぱなしでも困らないし」 「ばかか。それじゃ根本的な解決にはならないだろう」 メディアはしつこく、これほど美味しいネタを放っておくはずがない。もしもまたユーフェミアかスザクにインタビュがあるとしたら同じような質問をくり返すに決まっている。自分たちの利益になるような発言を求め、少しでもそれに関連するようなことを漏らせば即座に脚色するのだ。ニュースや新聞で見る熱愛報道の真偽は知れたものではない。 スザクは頷いた。両肘を立てて上半身を支え、ルルーシュに対し上目遣いで笑いかける。 「何度も言うけどね、ルルーシュ。ぼくは枢木姓以外になるつもりはない」 ブリタニア家はユーフェミアの体裁を整えるためにスザクに婿入りするよう命じるだろう。スザクが受けても蹴っても派閥ができるのは確実。婿入りすれば後ろ盾は堅固だ(なにせユーフェミア自らつくことになる)。それでもスザクが枢木を大事にするのは父から継いだ唯一のものだからにほかない。 「…………スザクがそう言うならおれからもなんとか父に掛け合ってみる」 ルルーシュはこわばっていた肩の力を抜いた。一番スザクに近いポジションを異腹妹に盗られるところだった。こうなればなりふりかまわず直談判が最良の策だ。 「そうそう」 三つ目のラップを剥きながらスザクが声をあげた。一瞬だけ視線を落としたがどうでもいいかという雰囲気でふたたび口を開く。 「ユフィ、転入してくるつもりらしいよ」 わざわざトマトだけ抜き取って口に入れ、指についたドレッシングを舐めながらスザクはさらりとつぶやいた。 |