ルルーシュには旧友がいる――ここでいないなどと言ったら今までの人生なにしてきたのだとうろんな目で見られることまちがいなしだがそういうことではなく、いわゆる幼なじみのような存在がいるということだ。 その人物の名を枢木スザクという。 出会ったのはおたがいが十歳になるかならないかのころで、そのときルルーシュは彼の家に事情あって二年ほどホームステイしていた。 スザクの父親、枢木玄武氏は数年前まで内閣総理大臣――アメリカ合衆国で言うところの大統領を務めており、今でこそ政界より一線を引いているが発言力は甚大だ。 枢木内閣の方針は協調外交であり、精力的に多国との国交を展開していた。その甲斐あってか日本各地に各国との姉妹都市が増え、副都心である新宿近辺にはイギリスでも歴史ある由緒正しい教育機関のアッシュフォード学園が十数年ほど前に設立された。 理事を務めるアッシュフォード家は旧家であり、イギリス本国にも同名の学園を経営しているために双方で交換留学がさかんに行われている。そのために新宿では十代の留学生たちが出歩いているのが多く見かけられる。 ビルの森とも称される新宿に寮やクラブハウスまで設備できるような厖大な不動産を得ることができたかはある意味アッシュフォード学園七不思議のひとつであるが、おそらくは高度経済成長時からバブル経済期までの間に億単位のはした金でけろっと購入したのだろうとルルーシュは踏んでいる。そうでもなければ理由がつかない。 さて、このアッシュフォード学園設立や各地姉妹都市化の一端を担ったのがルルーシュの実家であり、ルルーシュが枢木家にホームステイすることになったのも国交の一環だ。 現在のイギリスにおいて力を持っているのは王室とその血縁である旧家、とくに古代にはケルト民族が住んだというブルターニュ地方を発祥地とするブリタニア家だ。その血筋はとても古いもので、遡れば六世紀のイギリス王室の血を汲んでいるらしいが、現在のイギリス王室とは無関係だ(王室における系譜はたしかに重要ではあるがわざわざ系図をひもとく必要はない)。 全力で否定したいところがルルーシュはそのブリタニア家の一員であり、シャルル・ジ・ブリタニアなどという顔と声に似合わずどこかかわいらしい名前をした実の父親はブリタニア・カンパニという産業革命以来成長をつづけている世界きっての超巨大コンツェルンの九八代総取締、端的に言えば社長の地位にある。 ブリタニア・カンパニは一企業としては異常なまでに財界、政界などのあらゆる業界に影響力がある。また、国家レヴェルの資本力・組織力を持ち、主流である国際貿易のほかにさまざまな事業で成功を収めている。シャルルの代からは情報産業にも着手しており、ルルーシュが生まれるより前にヒト型パーソナルコンピュータの試作騎<ガニメデ>を発表した。いまだ販売はされていないがネットではさまざまな憶測が飛び交い、たとえマニアでなくても欲する人が多く、<ガニメデ>発表以来なんの音沙汰もないのに予約が殺到しているという。 国家に相当するブリタニア家の財力と権力には言うまでもなくだれもが目の色を変え、財界や政界などのパーティには引っ張りだこだ。それはシャルル本人のみならず、その子どもにまで取り入ろうとする輩は多い。 ここで問題となるのが子どもの人数だ。広義では一イギリス国民であるにもかかわらず、ブリタニア家当主は通称で皇帝と呼ばれている。しかしその名に恥じぬほど彼らには多くの愛人がおり、シャルルもまたその例に漏れず、その数はいまだ知れない。 ブリタニア家は伝統的に長男を生んだ女性を本妻として籍を入れ、そのほかの女性たちも本妻と同じく屋敷(城といっても差し支えない年季の入った建造物だが)に住んでいる。だが籍を入れているわけではないので彼女たちは旧姓のままだ。いわゆる事実婚というやつである。この場合、本妻の生んだ子だけが嫡子となり、長男の実弟妹以外はすべて母方の戸籍にはいる。しかし、いつどこでブリタニア姓を名乗らざるを得ない事態――たとえば誘拐、人質にされた際の最優先保護対象などケース・バイ・ケースだ――に陥るか予測できないので妾腹の子どもたちは母方に籍を置いたままブリタニア家に養子縁組される。具体例として、ルルーシュは学校ではルルーシュ・ランペルージと名乗っているが、場合によってはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとすることも可能なのだ。 カンパニにおいて実権を持っていることが世間に知れているのはたった三人だ。上から順に、次男のシュナイゼル、次女のコーネリア、三男のクロヴィス。また、コーネリアの実妹である三女ユーフェミアはまだ学生ということもあってときどきパーティには参加する程度だが、それでも婿養子として近づく男は後を絶たず、来る見合いはすべてコーネリアが蹴散らしている。 なかでもとくに実力派であるシュナイゼルは多数あるヒト型パーソナルコンピュータ――開発名ナイトメア・フレームの開発プロジェクトチームをひとつ抱えこんでいるので今後の期待は大きく、社長の座を継ぐのは長男を差し置いて彼ではないかと噂されるほどだ。もともと彼は工学関係に造詣が深く、またその分野において顔が広いために彼のチームはカンパニ内の他に追随を許さぬほど技術が半端でなく――その分予算を食いつぶしているのだが――実験騎開発に着手するのもいち早いのではないかと皇帝からも目をかけられているらしい。 なぜ旧友スザクから異腹兄シュナイゼルにつながったかと問われればルルーシュは無言で怒りの拳をたたきつけたくなる。もちろんその際けがをするのはルルーシュの手である、実に理不尽だ(某クラスメイトに言えば軟弱もやし野郎と鼻で笑われるにちがいない)。 スザクは俗に言うところの天才だ。それも機械工学・情報化学に関しては過去の偉人に並ぶほどの才能を見せる。それはソフトであろうとハードであろうと同じことだ。しかし、その非凡な才能は日本では日常に埋没していた。昔と違って今の日本人は他人に対して無関心であり、スザクもまたその才能をあまり誇示しなかったせいもある。 そんなスザクを偶然見つけ、賢しくも抜け目なくブリタニア・カンパニに引きこんだのがシュナイゼルだ。 どこで出会ったのかをルルーシュは知れない。スザクの幼なじみ――断言してルルーシュのではない彼女はその場面に居合わせたそうだが、いくら問いただしても彼女は口をつぐむどころか逆ギレして胸ぐらをつかまれたことは一度や二度ではない。ついでに失せろ消えろと凄惨たる暴言も吐かれた。これがスザクだと転んでしまえとか赤信号に引っかかれとか実に地味だがダメージは比類ない。 とにもかくにも、ルルーシュと最愛の旧友は天敵と言ってもいい異腹兄により悲劇的にも引き離された。 ルルーシュがステイしていたのは日本の教育制度でいう小五の夏から小六の卒業までであり、シュナイゼル直々に迎えにこられてしまったために三年間をイギリスで過ごし、十六歳になってふたたび来日したときにはすでにスザクは日本にいなかったのだ。 傷心の一年をなんだかんだとおもしろ楽しく過ごし、順当にむかえた二年目で奇しくもスザクの幼なじみことカレン・シュタットフェルト(彼女も彼女でいろいろあったらしいがスザクとは一切合切関係がないようなので深くは聞き知っていない)と再会し、いつの間にか転入を果たしていた――正確には籍だけ置いて一度も登校していなかったスザク本人と涙のハグをあっさりスルーされたのは半年ほど昔だ。 それなのに。 ルルーシュは口をあんぐりと開けた。 あんまりな顔崩れにとなりに座っている女子がおどろいていたが取り繕っている場合ではない。 視界の端にいるカレンは彼女のキャラクタにしてはめずらしく机に肘をついたままだが動揺した様子は微塵もない。あいつ、知っていたな。 機能停止に陥っているこちらの様子におそらく気づいていながら気に留めずにきゅっきゅっと水性マジックでホワイトボードにていねいな楷書を書き連ねた少年はペン受けにそれを置き、くるりとふりかえる。 レア度高めなやわらかい笑みを浮かべて一言。 「枢木スザクです。よろしく」 |