がたがた、と。豪奢のかぎりを尽くした寝室に響くのは王宮の最奥には不似合いにもほどがある機械の駆動音だ。しみひとつない白い壁、毛足の長い敷物で覆われた床、繊細な細工の施された調度品――貴族じみた暮らしを離れてもう十年近くが経過している。そんなものに囲まれているよりも何年も前から手になじんでいる機械とたわむれているほうがいろいろと落ち着くものがあった。光沢のある黒い布に赤い裏地を重ねて縫いあわせる作業をしつつ、脳では完成後のことを思考する。日本がエリア11になったあの日に誓った言葉のとおり、自分はブリタニアをぶっこわすためだけに東奔西走してきたのだから皇帝となった今、ブリタニアはかならずや自分の手で終わらせなければならない。そのためにはブリタニア皇帝の死、そして帝国――ひいては世界の敵である『ゼロ』という存在が不可欠となる。だれの目にもあきらかな、ブリタニアに裁きをくだすもの。世界の敵、この世の善意と悪意の汚泥。今となっては偶像崇拝の対象とすら成り果てているがあれはそういうもの、そういうものであればいい。いくら善政を行っても他方では悪政となりえてしまう。下方で暮らすものたちの不満が渦を巻いたときに現れる亡霊のようなもの。だからこそ『ゼロ』がふたたび顕現するのは今でなくてはならない。民たちが今の治世に慣れて、また過去をくりかえすことになってしまう前に。この治世が決していいものではない、かつてと同じ支配されるだけのものと気づかせるために。だからこそ皇帝である自分は舞台から降りなくてはならない。舞台装置とはちがう、きっと本当の奈落へと落ちるだろう。自分はそれだけのことをしてきたのだから。ぷちん。返し縫って、余分な糸を断つ。すべての辺を縫ってしまうより先に襟部分にワイヤーを仕込む必要があるからだ。型紙がなくても細部まで記憶している、いったい今まで何着縫ってきたのだろう。それもおそらくこの一着で最後になるだろう。けれどこれを着るのは自分ではない。なぜなら自分は『ゼロ』に裁かれる、ブリタニアという悪の象徴なのだから。いくら細部まで覚えているとはいっても体格はずいぶんと異なっているが作業が難航することはない。それこそ自分の体格以上にこれを着るもののそれは記憶しているし、半月に一度行わせているメディカルチェックでデータは常に更新されている。身長体重座高スリーサイズ体脂肪率に手脚のバランス足のサイズ。身長だけはかろうじて勝ち逃げできそうだがあれだけがっちりしていて体脂肪率が二パーセントとはなにごとだ。でもってあの腰の細さは異常だろう。日本人は腸が他人種とくらべて長いから腹が出やすいというのにあいつはいつでもまな板で、しかも筋肉質だからか食べても食べても太らない。腹が立つ以上に心配だ。本当にあいつを置いていってだいじょうぶなのだろうか。いっそ連れていきたい気が三割ほどあるがそれでは無意味だ。ブリタニアはなくならなければならない。そして『ゼロ』は監視者だ。いずれブリタニアのようになってくる他国への牽制にならなくては。なによりこれを着た晴れすがたを見られないなど言語道断だ。自分が死ぬことで自分は十中八九あいつのなかで永遠になる。前例である初恋の義妹には遅れをとったが負けはしまい。ちまたでは動きが気持ちわるいとの意見もあったようでむしろ堂々とカミングアウトされたがそんなことはどうでもいい。ここで重要なのは自分とあいつが同様の格好をするということだ。それも手製の。すなわち自分とあいつによって『ゼロ』が確立するわけで、同時にあいつは全世界と完全に敵対する。このセンセーショナルな出来事に腕をふるわずにいられるだろうか。いやむりだ。なんとしてでも自分の手で仕上げなければ。オールスーツであるあの衣装はボディラインがきっちり出る上にパイロットスーツと異なって緩衝材を入れるわけにもいかないのでそれを覆い隠すマントは最大の意味を持つ。とくにばさっとやったときの広がり具合も計算に入れて布は軽くて丈夫なケプラーだ。あいつの発汗率を考えるとインナーはもう少し通気性のいいものにしたほうがいいかもしれない。だがそうすると見た目の威圧感が欠けて今までにない雰囲気をかもし出す可能性もある。どうする。むしろ自分がいなくなった後の『ゼロ』の衣装はだれが採寸してつくるんだ!? 「……ルルーシュ。きみ、着替えもしないでなにやってるの」 天蓋つきのベッドが置かれた豪奢な寝室の端の端。きらびやかなシャンデリアは火を灯さず、代わりに点いたライトスタンドの人工的な安っぽいひかりの下で真白い衣装のまま頭をかき乱す旧友兼共犯者のすがたに、スザクはああやっぱりルルーシュだなあと思ったとか、そうでないとか。 |