やるからには妙な改変なぞしないで真っ向勝負でやれ。そんな意味のわからない前口上でもって手渡された紙袋の中身をおとなしく――そう、おとなしく。不覚にも不意をうたれたじゃんけんに負けてしまったがゆえの正当性なのでたとえ強制力はなくても逆らいがたい――着用したスザクは至極満足そうにふんぞりかえっている旧友にため息をつきたくなった。 「で?」 「で、とは?」 「いったいなにがしたいんだい、ルルーシュ」 「見てわからないか?」 「わからないから訊いているんだけど」 肺に溜まっているものをぜんぶ二酸化炭素にしてたぶんうすまった幸福なんかといっしょに排出する勢いで息を吐き出したくなる。 不意うちのじゃんけんに負けて(そう言えばじゃんけんっていつ覚えたんだっけ)押しつけられた紙袋の中身はおとなしく着たけれど若干どころでなく屈辱的だ。違和感がありあまるのはいくらスザクの体格にぴたりと合っているサイズだとしてもこれは女性用の衣装であるからでかといってパイロットスーツでも特派の制服でも野戦服でも学生服でもない。あざやかなオレンジ色。紙袋には同じデザインのそれが数セットはいっていて、同じくビビッドなピンクとワインレッド。三色あるなかから今着ているカラーを選んだのはほか二色にくらべてまだユニセックスだからだ――スカートという時点でもはや女装以外のなんでもないが。 ふふん、とルルーシュが鼻で笑った。 「無論、アンナミラーズだ」 「文法的におかしいことに気づいてほしいな」 訊ねたのは行動の目的なのに、かえってきたのは固有名詞。いくら世間知らずなスザクでも知っている名前だ。たしかブリタニア本国のとある地方の家庭料理とデザートパイを提供するレストランチェーンだ。日本侵攻以前はシンジュクにもチェーン店があったが今ではとうにすがたを消している。思えばウェイトレスの制服が斬新だとかでテレビでも何度か起用されていたようなことを連想的に思い出した。でもそのときはまだルルーシュとナナリーは枢木邸にはいなかったし、そもそもそういう娯楽に触れられる環境ではなかったはずだ。 はて、とスザクが首をかしげていることに気づいているのかいないのか、ルルーシュはどこか熱のはいった様子で重厚な長机を拳でたたいた。思ったよりも重い音はそれなりに痛そうだが当人に痛がる素振りはない。 「シャーリングタイプの白いブラウスの衿と前立てにあしらった飾りレースはもちろん、シンプルかつタイトなスカートは太もも半ばまで、胸部をアピールする独特のデザインの要であるエプロンは全面根元のタックを増量してチロリアンテープの幅も拡大! バックは肩紐がクロスさせて二連ボタンで固定、腰のリボンは大きめ! ハートの名札はブラウスの第二ボタン延長上の左肩紐に! アンナミラーズの制服は背中から見るとただのタイトスカートに見える、このギャップがすばらしい!」 脚は肌色のストッキングに白いモカシンシューズだが筋肉でがちがちの脚はあえて晒してルーズソックスにスニーカーだ。我が儘を言えばローラーブレードだが室内でそれはないな。髪が長ければ制服と同色のリボンでポニーテイルが原則だがまあおまえの長さならばフリルのついたカチューシャで十分だろう。自己完結したのか自画自賛なのか、ルルーシュはスザクの頭から足もとまでじっくりと検分するとふたたび顔に視線をもどしてうなずいた。 「さすがはスザクだ」 「うん。きみがなにを言っているのか、ぼくにはさっぱりだよ」 「おまえってやつは……!」 がっくり。額に手をあてて肩を落としたポーズにはそう添えるのがぴったりだ。きれいな見た目で性質としてはクール(なんだと思う。昔からつまらないことでかっかしていたような気がするけれど)ルルーシュだが年相応にリアクションは多くてしかもバラエティに富んでいる。なんだかちょっとだけうらやましい。たとえば予期もしないでうれしいことをしてもらったときとか打算なく親切にしてもらったときにどういう顔をすればいいのかなんてほとんど忘れてしまったから。 それにしたって。スザクはぴらぴらしたエプロンの裾をつまみあげる。これってつまりいわゆる女装な上にコスプレなわけだがルルーシュは本当になにがしたいのだろうか。コスチュームプレイ。まさかミレイのお遊び以外で旧友にこういう趣味があったとは知らなかった。もしかしたらスザクと離れていた数年間のうちに目覚めたのかもしれないけれど、まあ趣味なんて人それぞれだ。いくら人目をはばかるようなものであったとしても尊重してあげるのが友情だろう。なによりスザクがこうして犠牲になることでシャーリーたち女の子が被害に遭わずに済むならスザクのプライドくらい安いものだ。 「……スザク! そのスカートはなんだ!」 「え?」 エプロンから手を放してルルーシュを見れば、男にしてはわりと大きい目が狐のそれのように釣りあがっていた。 「裾が膝にかかっている! 逆算して腰から三センチも落ちているじゃないか!」 「ああこれ」 スザクは指摘されたスカートをエプロンの上からもちあげて腰のあたりまでもどせば両側にできた隙間に親指がはいった。サイズが合っていないのだ。 「このスカート、ゴムじゃないから腰のところで留まらなくて……」 ほう、とルルーシュが目を細める。 「つまりまた痩せたんだな」 「えーと、そうなるのかな」 「それをつくるのために参考にしたスリーサイズは先日のエリア11式身体測定イベントのデータだ。まだ二週間と経っていないぞ」 「あはは」 「笑いごとじゃないだろう!」 ぷりぷりと怒りをあらわにするルルーシュをなだめながらスザクは円いトレイ(オプションとしてもたされていたものだ。スカートにはハンドターミナルを入れるためのポケットすらついている)の陰で指折り数えてみた。朝起きて水飲んで軽く十キロ走ってシャワー浴びて朝ごはんしっかり食べて特派に起動実験と筋力トレーニングしてたまに泳いで三限くらいに学校行ってお昼ごはん食べて五限と六限のあいだに菓子パン食べて放課後になったら生徒会業務手伝ってミレイお手製のおやつ食べて特派にもどったらまた実験と訓練でセシルの夜食をつまみながら徹夜覚悟して――基本的なルーチンワークを思い出せなくなったところで思いきりにらみつけられていることに気がついた。顔が般若になりかけている。般若は女性だがそこはルルーシュなので日本の古典文化に理解がある人間なら同意してくれるだろう。 脳内でどういう経路をたどったのやら打倒ブリタニアだとか言っているルルーシュに対してスザクは今度こそため息をついた。
スモーキーシュガーチョコレート |