スザクは優しい。けれどその優しさは少し度を過ぎていて、ばかみたいにお人好しだ。知らない人でもなにか用事を頼まれたら普通に自分のことを後まわしにするし、困っているようならすぐに察して手助けをする。お節介と思われないのがスザクの匙加減のすごいところだ。もし少しでも自分を嫌がっているようなら絶対に近づかないし笑みすら浮かべない。それでいて一から十まで自分が悪いと思っている。スザクみたいな人間のことを博愛主義者というんだろう。恋人にするなら返答に迷うタイプだ(大事にはしてくれるんだろうけど、ほかと平等のあつかいに思えてしかたがない)。一見だまされやすいようだがスザクは悪意に敏感だ。相手の真意に気がついていながらだまされたふりなんてしているから陰でばかにされているというのにスザクはそれすら許容して黙っている。つらくないわけではないのに。それはまるで親が子どもの隠しごとを知っているかのようだ。
 それはルルーシュの知るスザクではない。昔のスザクはもっと無鉄砲で、人の話なんて半分も聞かないで笑ってすましていた。気配りが上手いのは昔からだったが今ほど他人を気にしていなかった。
 昔のスザクの中にはまだ自分がいた。しかし今のスザクに自分はいない。いや、たぶんいるのだろうけれどそれは彼の世界にだけであってこの世界にはいないのだ。彼はいつの間にか護られる立場から護る側になってしまった。あのかさついたあたたかい手は他人の命を奪う道具を握るためなんかではなく、いつだってルルーシュの手を引くためにあったのに。

「最近スザクさん来ませんね。お兄さま」
「へ? ……ああ、そうだな」
 ナナリーの声をかけられ、ここがダイニングであることを思い出したルルーシュはあやふやに返事を返した。なにか言っていやしなかったかと不安になる。昔からぼうっとすると独り言が多くなるとルルーシュを指摘したのはスザクだ。ナナリーはなにも言わないので、たぶんなにも言っていなかったのだろう。考えていたことがあれなので口に出していたらいささかまずい。
「あの、お兄さま」
「ん? なんだい?」
 声に応じてルルーシュはテーブルに肘を突くのをやめた。話しやすいように椅子ごと妹に向き直った。察して、ナナリーは話しはじめる。
「えっと、いきなりでごめんなさい。でもお兄さま、とても悩んでいるようだったから…………その、お兄さまはスザクさんとまた会えてうれしいんですね。だからそんなにぼんやりとしていらっしゃるのでしょう? 心配、なんですね……スザクさんのこと」
 心配なんて、と笑いながら返そうとして、しかしルルーシュはやめた。ナナリーは真剣だった。目が光を拾わない分、ナナリーはその場の空気を読むことに長けていた。そばで話を聞いて、人の手に触れることで相手の気持ちをさらってしまう。
 ナナリーがおずおずと両手を差し伸ばしたのでルルーシュは自分のそれを彼女に触れさせた。小さな白い手がそっと骨ばったそれを包む。
「だからスザクさんはだいじょうぶです。絶対、絶対だいじょうぶ」
 ルルーシュの手を額にあてて、そう、まるで祈りでも捧げるようにナナリーは大丈夫だとくり返した。根拠のない確信を、何度も。
「……すごいな、ナナリーは。魔法みたいだ」
「はい。咲世子さんに教えていただいたんです。無敵の呪文なんですって。でも、すごいのはわたしじゃなくてお兄さまです」
「まさか、」
 目をしばたたかせ、苦笑するルルーシュにナナリーは「いいえ」ゆるやかに首を左右に振って、つぼみが開くようなふんわりと微笑んだ。
「誰かを心配するのはその人を想っているからで、それはとてもすごいことだと思います。お兄さまは優しい、人ですから」

 ナナリーはいつだってルルーシュを優しいと言う。スザクもそうだ。本当に優しいのは自分ではなく彼らなのに、それなのに二人は無償でルルーシュに心を砕く。
 だからルルーシュは二人を守りたいと思う。ナナリーは守るのは当然だから、彼が特別自分の腕で囲ってしまいたいのはスザクただ一人だ。テロリストを動かし、ブリタニアを倒すのはスザクに日本を返したいから。日本はスザクの国だ。スザクのためになにかできるのであればたとえできないと自分でわかっていてもやってみせる自信と覚悟がルルーシュにはある。
 スザクとの出会いは憎き父によって与えられたものだがスザクへの想いはルルーシュが自分で生んだものだ。嘘偽りは口にしても胸の想いだけは違えない。ルルーシュはそう誓ってこれまでを生き、これからを生きる。
 七年前はスザクとの思い出が壊されたから。苦いものでしかない初陣はスザクの仇討ち。そして今はスザクを守るために。すべてはスザクのためだけの行動だ。
 けれどスザクは違う。スザクにとってルルーシュは護りたいものの一つでしかない。手のひらに乗せることができる量がかぎられていることを知りながら彼はいくつでも乗せたがる。それは欲張りな子どもがあれもこれもと言うのにとても似ている。スザクに本当に必要なものだけではなく、無駄なもの、いらないもの、生まれて死ぬまで関わりのないもの、敵、味方。その全部をスザクは大事そうに抱えている。そしてその中に自分というカテゴリはない。
 それはすべて過去と現在のものだ。スザクは先を見ない。現状維持、良くても好転するだけを望む。これからにスザクという存在がいないこと前提にして彼はいつだって動いた。
 ルルーシュが手に入れた力が攻め殺ぐ性質の剣ならば、スザクがあがいてでも手に入れたかったのは護りとおすための剣だ。スザクは護ることに貪欲で、そのためになら手段を選ばない。それはルルーシュがブリタニアを倒すことに執心なように。
 たしかにルルーシュはスザクの懐の最も深いところにあるのだろう。けれどスザクが護りたいのはルルーシュだけではない。彼がルルーシュの盾になることはあっても、彼は決してルルーシュを救ってはくれない。
 ルルーシュにはスザクだけしかいないのに、スザクはルルーシュを選ばない。





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*dusk - StaticModule相互記念作品)