麗らかというのを軽く超越して殺人的な日差しの中、さるカフェの屋外スペースに設置されたパラソルの下でどことなく牽制しあっているようなふたりを視界にすっぽり収めながらクロエはポーカーフェイスを保っている。いや、ただひと言あるとしたらソフトクリームが溶けはじめたメロンクリームソーダは飲んでいいのかということのみだ。もともとソフトクリームはアイスクリームにくらべて凝固がゆるいのだ。水増しのためのクラッシュアイスだって溶けてきているからソーダはうすまるし水かさが増してこぼれそうだし、もうさんざんだ。いくら自腹ではないとはいえ、おいしいものはおいしいうちにいただきたい。
「そういうわけなのでね、卿には裏話をしてもらわねばならないのだよ」
 ようやく口火を切ったのは左方、白いカップを手に取り水色鮮やかな紅茶を平然と飲む初老の男だ。天然なのか意図的なのかいまだに判然としない髪色と髪型は相変わらずで、こんなに暑い中でも上着をふくめた背広をびっしり着こんでけろっとしている様は自律神経がどうとかいうより肉体構造自体をうたがう。恣意的に体温調節がある程度可能である自分ですら発汗を制御できていないのだからあきらか後者だろう。
「裏話もなにも、まだ一章しか終わってないんですから話せることは少ないですよ」
「ああ、それでかまわない。私はおもしろおかしければそれで良いのだ」
「外道なところもお変わりないようで」
 対するは前生――正しく称すならばあまりにも非常識すぎるので割愛――の主、今生ではなにやら複雑な事情のもと別たれた双子(遺伝子上は二卵性のくせに顔はいっしょとはなんたることだ)であったらしい。こちらも露出度が大幅にアップした以外には変わりなく、しかし衣服の云々については時代が時代であったためだ。むしろこの気温で当時のように肌を覆っていたのならすぐさま熱中症でたおれている。町中でたおれて救急車、なんて大混乱はぜひとも避けたい事態なので目にあまる厚着は問答無用で脱がすつもりである。日焼けがどうこう、紫外線がうんたら言っているが男である自分にはさっぱり理解できない。
 理解できないといえばこの状況だ。なぜこの三人で談合をせねばならない。
「仕方ないよ。だってわたしたちの形式じゃ舞台裏公開なんて表現上むずかしいもの」
「そうだとも。しかし、あの話は私や卿らにとってすればただの現実だ。舞台などではないのだよ」
「この状況は果てなく非現実だけどね」
「まさしく、ありうべからざる白日の夢だ」
「と。い、う、わ、け、で。これよろしく」
 スタッカートで言われ、ひょいと目の前に置かれたそれを見おろす。
「……ビデオカメラ?」
 前に流行った手ブレ解消機能つきの機械にとまどってしまう。記録する必要性が見受けられないが、ふたりがさも当然という顔をしているのでとりあえず録画しておくべきだろう。
 バンドを右手にはめ、録画のボタンを押せば内側に向けた液晶ディスプレイに目の前の光景がそのまま縮小されて映りこむ。隅のほうには『●REC』と表示されているからたぶんこれで合っている――メモリがはいっていないというお約束さえなければ。
「なんだこれ、うすっ」
 ディスプレイからそのまま目をスライドさせると、はコーヒーフロートの水位を半分ほど下げていた。それはたしかにうすいだろう、なにせ濃いめのコーヒーが麦茶のような色をしているのだから。ただアイスクリームに付着して凝固した部分はおいしそうで、彼女もそれが気に入っているのかあっという間にそれをふくめてアイスクリームをたいらげた。しかめっ面になっているのはおそらくかき氷を食べたときのあれと同じ症状だ。
 心の中で地の文さながらの実況中継をしつつメロンクリームソーダをすする。うすい。
 薄手のアームウォーマーをつけたの右腕の動きがぎこちないのは仕方がないことで、それに引っぱられたせいでこちらの左腕にも時おり痛むことはある。
「えーと……なにがあったっけ。裏話、裏話……ああ、そうだ。本当はいちばん最初に寝技かけられるの、政宗だったんですよ」
「ほう。それはまた、なんとも興味深いことだ」
 先がスプーン状になったストローをクラッシュアイスにがしがし突きたてて遊びながらは男にひとつうなずいた。
「あの宴の席で、酔って押したおされたのをかえり討ち、みたいな感じですね。でもあの人下戸だし、会って初日でそんなことしたら打ち首確実でしょう? だから成実のほうにお鉢がまわったんです。あれなら正当防衛ですしね」
 それはどうだろう。
 たしかに現代において、、、、、は婦女暴行罪として正当防衛になりえるが、当時だとまだ夜這いは合法――否、国によって異なるせいか、法自体がなじんでいなかった。ゆえに夜這いも誘拐婚も日常茶飯事であり、自分は見ていないが、が成実をふとんに入れてしまった時点で夜這い成功だ。とくにあの時代は行きずりの関係でなしくずし、なんてことのほうが多かった。もしくは政略的なものが多数。どこかのだれかが堂々と謳っていた恋愛結婚なんてできたのは極々わずかだ。そもそも恋だの愛だのという概念は宣教師が伝えて寄越したもの、その点に関しては時代先取りで実にかぶいているのかもしれないが世間一般に浸透していないのであれば無意味なことでしかない。
「だが、それではあまり変わらないのではないかね」
「そこはあれ、成実の性格キャラクタでがっつりカバー」
「ふむ。一理あるか」
 あるのか、とコンマ一秒で思えど声に出してのつっこみは入れず、ある意味一方通行の会話に耳をかたむけながらディスプレイの角度を調整し、グラスをカメラから離してあまり残っていないメロンクリームソーダをすする。よけいな音声ははいらないほうが好ましいだろう。なにもこれを披露宴の演目にするわけではないだろうし。
 仮に演目にするとして、結婚するのはだれとだれだ。と政宗公か――笑止。似合いではあるがありとあらゆる点においてリスクが多すぎる。
「というか、こういうのってふつうぜんぶまるっとエヴリシング治まってからやるものじゃあないんですか。ほら、みんなで集まって座談会っぽく」
「治まると思うのかね」
「それはもちろん。わたしたちがここでこうしてるってことは、全体のオチはもう決定済みってことでしょうし。あ、追加注文してもかまいませんか」
「好きにしたまえ」
「どうもー」
 男の気前良さによろこんではにっこり笑う。平素であればドリンクだけでだらだらいられるのに、こうも追加注文しようとするのはやはり暑さのせいか、もしくは単純に男の財布に打撃を与えたいのだろう。
 サラリーマンには見えない初老のスーツマンと、十代花ざかりな女の子――というにはいささか語弊があるが、語彙がそれほど達者ではないので十代後半の女児をどう表現方法なんざ知らない。
 なんとも奇妙な組み合わせだ。もしこの場に自分がいなければ援助交際の現場として親切な方に通報されて現行犯逮捕あるいは職務質問されることまちがいなしだろう。それはそれで世のため人のためになる気がする。だがしかしてこの男、ぜったいに妙ちくりんなコネクションを複数持っているにちがいないのであっけらかんと解放されてきそうでそれもいやだ。
 チョコレイトブラウンのゴシックロリータちっくな衣装を着たウェイターの女性に声をかけてメニューを受け取り、はとあるページをたっぷりじっくりながめる。
 思えばこの店を指定したのはどちらだったのだろう。連れてこられただけなので知る由はなく、とりあえずどちらのチョイスであったにしろ似合わないことこの上ない(片方に関しては真っ先に一一○番を考えるが)。
「はい」
「ん」
 当然のようにラミネート加工されたメニューがまわされてきた。レストランなどとちがってページ数は少ないが、それでも写真が添付されているのでそこそこの枚数はある。しかし目当てのものは最後のほうにまとめてあるのでぺらりと一気にそこまでめくってしまう。
 いろいろと考えあぐねている間にはすっかり汗だくになったお冷やをあおった。わずかに残っていたらしい氷をがりがりしながらテーブルに両腕を置いてその上に寝そべる。
「あとは、あれですね、なにがこまるって政宗の性格。思慮深い人だと思ったら英語だわ短気だわガキだわ暴走族だわ……実はひとつ下だったりとかして。伊達軍にいる十代メンバーの中で一番年上だったのはこたえたなあ……決まった?」
 裏話というよりも七割愚痴になっていやしないだろうか。
 ひょいと覗きこんできた彼女のほうにメニューを寄せつつ自分は微妙に身体を退かせて、人差指でふたつの写真を示す。
「これと、これで迷ってる」
「わたしこれにした」
「じゃあ……こっちで」
「おっけい。ひと口ちょうだいね。で、あなたはどうします?」
「それならミルクティーのおかわりでももらおうか。さいきん口内炎ができてね」
「ぐふっ!」
 男が口内炎とか言い出したあたりでは思いきり水を噴きかけた。あやうくといったところで口を手で押さえていたから実害はないが、それでも水が気管支のほうへはいってしまったようでだいぶ苦しんでいる。背中をさすりつつナプキンを渡してやれば、彼女は目じりにうっすらと涙を浮かべて「ありがと」ひとり涼しい顔をしている男をにらみつけた。
「けほ……それはまたなんともお気の毒に。えっと、すみませーん!」
 笑顔で呼びとめに応じたのは濃紺のエプロンドレスを着た女性だ。この暑い気候の中でそんなてらてらした風通しのわるそうな材質の服で笑っていられる営業根性は感動に値する。やれと言われてできないことはないができればやりたくない。
 はいどうぞ、と使い勝手よりも見ため重視のハードカヴァーを模したメモ帳を開いて万年筆風のペンをかまえた女性の言葉を合図にはメニューを閉じたままオーダーをつらつら言う。
「じゃあ、『DEAR HIS PRINCE 〜深海より愛をこめて〜 季節のフルーツとぷちぷち魚眼ゼリー添え』と『跪け、小人ども! スーパーいちご白雪DX 〜早すぎた埋葬篇〜』、あとレモンスカッシュで」
 ここのメニューは特殊な命名だ。先ほど飲んでいたメロンクリームソーダは『海亀もどきの輸血パック』だし、が飲んでいたコーヒーフロートは『悪いお豆はおなかの中へ』だ。ちなみにミルクティーは『三月うさぎが大激怒』で、レモンスカッシュは『ラプェンツェルに近づくな』だった気がする。いずれにせよ、一風変わったすごいネーミングに変わりはない。どれがどれという説明はないので、ドリンク類はふつうにメニューを言っても伝わる仕組みになっている……と、メニューの裏面に書いてあった。がレモンスカッシュだけふつうに注文したのはダメージ追加をねらってだ。
 さらさらっとオーダーを書き取り、復唱した女性を見送ったのちに、男はどこかあきれたような、うらめしそうな目でを見やった。
「……私はミルクティーをと言ったつもりだが」
「あらいやだ。自分で言ったことも覚えていないんですか」
「失礼。私はたしかに言ったはずだ」
「でしたらわたしの聞きまちがいだったようです」
「そのようだね」
「まあそんなことどうでもいいです。おもしろければ」
 最初に男が言ったセリフをそのまま用いて、
「しかも部屋から飛び降りるし。あれこそ予想外の予定外ですね。基本的に進行がおそいのは十中八九すべて彼のせいです。基本的にあれがおとなしければ話はさくさく進んでいるはずなんですよ本来!」
「出会い頭に姫抱っこプリンセス・ホールドしたのはだれだ」
「わたし。でもコートかけてかついだらあやしさ満点じゃない」
「……それもそうか」
 さすがにこのまま愚痴らせているとあらぬことから実際にありかけたこと、さらにはこれからありそうなことまで言いかねなさそうに見えたので口を出してみたが、なんだか思いえがいていたとおりにくるっと丸めこまれた。これを狙っていたのだから正しいはずなのに、どこか釈然としない。
 ほかになにあったかなー、とパラソルの骨組みを見あげて思案する彼女を映しながら、ふと気が向いてカメラのレンズを男に向ける――レースのついたハンカチで汗をぬぐいつつお冷やを口にしては眉をしかめているすがたは衝撃映像だったかもしれない。編集しだいで消されてしまうそのシーンをどうやって残せばいいかと考えていたら、トレイを両手で持った、これまた一風変わった店員がだるそうな無表情でこちらに近づいていくる。
「お待たせしましたぁ」
 どこか着物のニュアンスを残したワンピースを着た少女――おそらくは夏休み限定のアルバイターだろう。どうでもいいがアルバイターは和製ドイツ語――が媚びるように間のびした声でスイーツをならべる。金魚ばちを平べったくしたような器はの前に、球をまっぷたつにしてへこませた花器のようなのはこちらに。置く場所にこまったらしい目玉を模したなにかが浮かぶレモンスカッシュは無難にも円テーブルの中央に置かれたので、アルバイターがお決まりの「ご注文は以上でよろしいですかぁ?」とたずねる間にグラスを男のほうへと押しやった。
 にこにこと、マクドナルドの店員がスマイルを注文されたときにだけつくる笑顔で相方が「ごゆっくりぃ」なんて言う店員を追いかえすのを横目に先がシャベルのようにつがったスプーンを手に取る。
『跪け、小人ども! スーパーいちご白雪DX 〜早すぎた埋葬篇〜』――白い器にメレンゲをすり切りで満たし、波立つ表面はバーナーかなにかで軽く焦がされている。中身はスポジケーキやムースが層になっていて、七種類のかたいゼリーがところどころに埋まっていて、器のどこかにカカオ九七パーセントのブラックチョコレイトでコーティングされたとちおとめだかももいちごだかがまるまる一個隠れているらしい。それを思えば中央で花をかたどるように半身を埋めているホワイトチョコで覆われたドライストロベリーなんてフェイクでしかない。
 ちなみに、もうひとつの候補だったのは『悪魔仕込みのりんごパイ 〜継母の阿波踊り風〜』で、こちらは単純にりんごのかたちをしたあつあつのパイが鉄板に乗せられているだけだ。中身がどうなっているかは食べてみなければわからないが、もしかしたらただのアップルパイではなくキドニーパイかもしれない。もはやデザートではなく前菜料理オードブルだがこの店ならばありそうな話だ。
 対してが頼んでいた『DEAR HIS PRINCE 〜深海より愛をこめて〜 季節のフルーツとぷちぷち魚眼ゼリー添え』はすでに実況できそうなすがたではない。一見水をかためたような器に盛られているのはブルーハワイのかき氷が特盛りにされたようなものだが、ガラスの縁にはそれこそ大小さまざまな死んだ魚の目玉をそのままトッピングしたかのような有様だし、青いかき氷に刺さったフルーツはエキセントリック、なにを思ったかてっぺんから垂れる赤いソースのせいでグロテスクな色合いをさらしている。ジャムを伸ばしたようなそれは青いシロップとは混ざりあわずにたらたらしているせいで、魚眼ゼリーがなんだかあれな感じに見えてきて思わず目を背けたくなった。それをざくざくぷちぷちくずしては口に運んでいるのがそこそこ美人な(本人は十人並みと主張している。身内びいきと笑ってくれてけっこう)ものだから倒錯的にもほどがある。
 ぎょろぎょろした目玉をスプーンの先でつついたり転がしたりしながらは食べる合間、合間につづきを話しだす――こまかい泡にまみれた目玉(神経っぽいもの付き)とうっかり目が合ってしまって絶句してしまっている男を放置して。そもそもラプェンツェルに目玉が関係あっただろうか。日本の昔ばなしならアニメのおかげでそこそこ知っているが海外のは超メジャー級のものしかわからない。
「当初の予定では川に落ちるはずだったんですよ。短刀持ってつっこんできたあの子が落ちかけるのをとっさに腕をこうつかんでぐるんってやって、ばしゃーん」
「だが米沢城の周辺に川はなかった」
 腕をわずかに伸ばしてこちらのスイーツにスプーンを差し入れてくるのを、器を彼女のほうに押しやることで手助けしながら補足を入れる。
 運良く人型に抜かれたゼリーを掘り当てたらしく、「食べるよ?」と訊ねることなくはそれを口に入れた。満足そうに笑って、柄の長いスプーンを指揮棒タクトのようにふるう。
「森はつぶれても川はなかなかできたり消えたりするものじゃないしね。しょうがないからぶすっと刺されて背中から……ってわけです」
「……そもそも米沢城は平城ではなかったと記憶しているが」
「あー、と。そこはつっこまないでください。さんざんっぱら反省していますから」
 ようやく目玉から復帰できた男の検証的つっこみに、はくやしそうに口をへの字に曲げた。
 そう、米沢城は城郭建築の中でも典型的とされる方形の城館だ。完全に居住用の建築物で、戦闘用の詰め城に見たてていたのは天正十二年に輝宗公が入城し、三年後に政宗公が改築の工を起こした銀山城のほうだ。ぶっちゃけ伊達政宗といえば仙台青葉城だが、あちらに移ったのは江戸になってから。その前は奥州仕置きのために米沢城および会津黒川城を豊太閤に取りあげられたために岩出山城に居住していた。思えば小田原征伐以降はこちらで暮らしていたのだ、関ヶ原の乱や大坂の役のときも。
 しかしこれらは現在の歴史、、、、、だ。現時点ではなにも知らないに等しい、、、、、、、、、、、、、、、、
 だれかと同じような時間を踏んでいるはずなのに、自分が関わらないことについてはひどく曖昧だ。かすみがかるくらいならかわいいもので、ことのよってはぽっかりと欠け落ちている部位さえある。
 ふとして見れば、きちんと整地されていたはずのスイーツはもはやトライフルも真っ青な状態で、中途半端な深さに埋葬されていた大粒のいちごが半身を覗かせている。それから、スイーツを食べるために手からはずして置いたビデオカメラの液晶ディスプレイが真っ黒になって、電池のマークにばってんが重なっている。いつからだろう、さっぱり気がつかなかった。
「おい」
「なあに」
「バッテリー切れた」
「あらら。まあここから先はネタバレみたいなものだし、ほっとけほっとけ」
 手をひらひらとさせては言う。その動きに合わせて六連のブレスレットがかたく鳴った。すべり落ちたそれが下にひかえていた、複雑なみどり色をした石のついた腕輪に当たってさらにかん高い音を立てる。あれといい、ピアスといい、彼女はいったいいくつのアクセサリを持っているのだろうか。そのくせ平気でひとになにかをおごらせる(その大部分はドリンクやらファーストフードだが)。こいつの金銭感覚はどうなっているんだか。
「いやはや、なかなかに興味深かったよ。しかし、やはりまだ少ないな。これでは当分の間、ハプニング大賞は私のものかな」
「ハプニングどころかNGだと思いますけど」
「だれかの災難こそ愉悦――ちがうかね」
「あなたには賛同しかねます」
 口をつけることなく(おそらく二重の意味でいやなのだろう。生理的嫌悪ではなく、周囲の目も関与しているにちがいない)押しやられたグラスを、わざわざ目玉の虹彩が男に向くようストローをくるりとまわしてはにやりと笑った。よけいなひと言だが、ずいぶんとまあ政宗にそっくりだった。
「クロエ、あんたも文句言っときなさいよ。わたしも言うから」
 文句もなにも、と少しだけ言いよどむ。さてこまった。彼女はどうあってもこの初老の男をいてこましてやりたいようだが、残念なことに、おれはこいつをまだ知らない。





多重性非同一