交易目的で奥州を訪れていた異人が不穏な動きを見せているとの報せが届いたのは霜月もなかばあたりのことだ。なんでも一時の住まいにしているところに終日閉じこもっているそうで、たしかに今までも七日に一度くらい昼前には会えないでいたのだが今回は太陽がかたむきはじめても出てくる様子がないらしい。
 切羽つまった、というよりは単純に不安そうな声の家臣にとりあえず見張りを命じてさがらせたのを襖のこちら側で聞いていて、指折り月を数えて思わず「もうそんな時期か」とつぶやいた。そうだ、そうだ、そうだった。旧暦だと一ヶ月くらいずれているから気づかなかったけれど現代の世間的に見ればもう年末、もうすぐクリスマスシーズンだ。イコールすでに半年ほどが経過しているわけだがそこはいっさいスルーの方向で。
We wish you a merry christmas, we wish you a merry christmas, we wish you a merry christmas, have a happy new year.
 ふと浮かんだフレーズを口ずさむ。何気ない歌詞だけれど直訳すればちょっとむちゃくちゃだ。なにせクリスマスという言葉からしてある意味造語だ。原型を言えばラテン語のクリストゥス・ミサ――キリスト降誕の祭礼のこと。
「願って、しあわせな新しい年を持て?」
「じゃなくて。今のはただの童謡なんだけどね、要はあれ、もうすぐ異人さんたちのお祭りがあるのよ」
「祭り?」
「クリスマスって言うんだけど」
 まあ知らないだろうなあ、とひとりで納得する。実際の日本史ではじめてナタラクリスマスを持ち出したのは悪人のなかの極悪人松永久秀と魔王織田信長である。一五六八年にあったナタレの停戦では両者七〇名で友愛だかなんだかを神に祈ったというけれど、どうだろう。松永久秀は下克上の代名詞たる人物だからよくわからないとして、織田信長は考えるまでもなくキリスト教贔屓だったからたぶんおもしろそう程度な気がする。安土に神学校セミナリオ、京都に南蛮寺を建設するのを許可して援助しちゃったくらいだし。
 とりあえずお声がかかったので持ち得る知識をかき集める。たぶんまた指示をあおぎに家臣が来ると思うから彼とは顔を会わせないまま襖に軽く寄りかかる。全体重をかけたらさすがにばっきり行くだろう。それってかなり間抜けだ。
「むかーし、むかし。ざっと数えて一六〇〇年には満たないくらいだから、ええと、たぶん第十一代天皇であらせられる垂仁帝の治世かな。海の向こうのあるところにひとはみんな平等できょうだいで、自分の血はぶどう酒、自分の肉はパンだって説いた男がいて」
「なんだそりゃ」
「乱暴に言えばお釈迦さまと同じにとらえてくれていいよ。でね、まあ今の通りあまりに意味わからないことを言っていたものだから最後には磔にされたわけだけど」
「まあ、だろうな。それで?」
「うん。そのひとが生まれたことを異人さんたちの神さまに感謝する日がクリスマスってわけ」
「……で?」
「や、これだけ」
 はあ? と、襖の向こうで不満そうな声があがるが、骨組みだけを説明するならば本当にこれだけなのだ。削ればもっと削れる。だってキリストというのはこの時代の日本に合わせて言えば仏像に近い。磔刑にされた後なら即身仏か。宗教系分野への興味はうすいのでどれも聞きかじりや推測ばかりだが観念的には近似だろう。
 二十世紀後半くらいからの日本ではもはやヴァレンタインデーにもならぶ恋人のイベントとしてとらえられているが(そのヴァレンタインだって牧師の命日だ)、はたしてそういった習慣になったのはいつからなのだろうか。もともとご馳走を食べるくらいはしていたらしいが。どうでもいいけれどサンタクロース、つまり赤い服を着た白ひげの老人が空を駆ける赤鼻のトナカイ・ルドルフが引くそりに乗ってプレゼントを配るという話はオランダ人の新教徒がアメリカに移住したことで広まったらしい。これはたしか広辞苑に載っていた。でもなにがあってクリスマスと結びついたのやら。ちなみにアメリカがいち国家として独立したのは一七七六年。今から二〇〇年くらい後。でもサンタクロースの語源であるセント・ニコラウスは四世紀ごろの人物だろうだ。イコール、今サンタクロースなる老人はフィンランドにいるのか?
「さっきの歌の最後はね、直せば良いお年をって感じ。大陸はべつとして、海の向こうの国では新年よりも誕生日のほうに重きを置いているわけ」
Ha! とんでもねえクレイジーな話だな」
「そうね」
 抱えていた両ひざを解放してぺたりと前方に投げだす。うしろ手をついて体重を支えれば後頭部が襖にぶつかって地味に痛いけれどべつになんてことではない。障子窓から日光が射してあかるいし、隅には火鉢が置かれているから寒くもなくむしろあたたかすぎて少し乾燥気味だ。でも今障子度を開ければ一気に冷えこむだろう。ホワイトクリスマスをあこがれるのは温暖化のせいであって、ここでの暮らしに慣れてしまえば雪など見飽きるほどだ。
「わたしたちからすれば、だからなにって話だけど。今後も彼らと付き合っていくつもりなら理解は必要だよ。言葉があつかえたって意味がわらないんじゃ使い方がわからないのといっしょ。それじゃあいつまで経っても話なんてできないから」
 きっと今はまだアドヴェント。降誕の日は近くて遠いと思うから、とりあえず戦にはならないと思う。聖なるひとの生まれた日に雪が死で赤くなるのは異教のこととは言えやはり気分がわるい。柄でもなく世界平和でも祈ってみようか。





聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな