花の色、屋根の色、大地の色――島を構成するすべてのものが宝石のように鮮やかで艶やかな色彩を持つ南海の孤島。そこには世界一美しい羽根を持つ鳥たちと、色彩の魔術師が住んでいる。 色彩の魔術師は触れたものから色をうばう特殊技能者だ。島の宝とも呼ばれる極彩色の鳥とペアを組み、その羽根から色を得て、なんの変哲もない布や石を錦や貴石へと彩ることを生業としている。この技を秘色といい、この名の由来は最初の魔術師とペアを組んでいた鳥の色だというのが島の伝承にある。 数百年前ほど前までは島外に済む魔術師たちもいたのだが魔女狩りの対象にされたり、技術工程を見られて詐欺だの贋作だの言われたりとそこそこ弾圧に遭ったがために今では島外不出の技術である。 現に、鳥の羽根の色を豊かにすることを目的として海を渡る研究チームに所属する以外で魔術師が島を出ることはほとんどない。許可がおりないわけではないのだがなにせ南海の孤島である、最寄りの国に着くまでに船で一週間はかかるのだ。 正しく職人である魔術師は基本的に出不精なのでたいした弊害ものないのだが、商業に関してはべつである。魔術師のつくりだす品々は海を越えてくる遠い国々の商人たちの高値で買われ、その何割かは鳥の正式な所有者である島の収入になるのだ。もちろん島民すべてが魔術師ではなく、かといって魔術師だけでは経済がまわらないのできちんとした商家も島には存在し、彼らが諸外国の窓口となっているのだがそれでも収入源となるのは魔術師の技術、そして鳥だ。 そのため島は鳥を保護管理するとともに魔術師の養成に力を入れている。かつては工房を持つ魔術師のもとに弟子入りするものだったが歴史とともにその慣例はうすれ、魔術師を目指すものは全寮制の養成学校へ通うこととなっている。講師はだれもが腕利きの魔術師であり、ひとまずは偏りなく秘色を取得させた上で技に磨きをかけたい者は工房持ちのところへ、そうでないところはそれぞれの工場へ就職といったシステムへと移行したのだ。 ニールは養成学校の校医である。ただし彼の管轄は一般に言うけがの手当てなどではなく生徒が技術取得の過程で起こす秘色関連の事故処理が仕事だ。実を言うとこの職は人体に関与するものなので免許取得は非常にむずかしく、ニールほど若い校医が就くのはそれなりに長い養成学校の歴史においても二回目なのだそうだ。どうでもいいが記念すべき第一号はニールの前任者で、ニール自身が生徒だったころ強制的に世話にならされた男だ。現在二十四歳であるニールが数ある選択肢のなかで秘色専門医を選んだことにあいつが少しでもかかわっているかと思うと若干うなだれたくなるのだが努めて気に留めない。よもや自分が校医辞めたいから医務室に引っぱりこんだのではあるまいかなどとも考えてはいけない。真実っぽくて実にいやだ。 校内に医務室はふたつあり、座学を行う一般教室の校舎にひとつと実技を行う特別教室の校舎にもうひとつ。ニールが常駐しているのは当然後者のほうだがこちらはそもそもあまりひとが来ない場所なのだ。ひっそりした場所に位置しているのもあるし、よろこばしいことに実技で惨事を起こす生徒がそうそういないのだ。いても年にひとりかふたり、たとえ多くても十人に満たない数なので基本的に第二医務室はある意味用務員室状態だ。 ところだ。ここのところ、というか今年にはいってニールの仕事は充実している。校医の身の上でなにを言うかと怒られそうだが魔術師であるというだけで島から給料がはいるので講師や行為というのは副業のようなものだ。だからと言って手を抜いていいものではないのでニールとて仕事があるのはいいのだがよろこばしくはない。 この養成学校は十二歳から二十歳を対象とし、平均三年で魔術師の資格が得られるようにカリキュラムが組まれている。学年という区分けはないが年間取得単位数が設定されており、なかでも必修科目の単位を取得できない場合は専門科目へは進めないようなっている。基礎ができていないうちから応用をやろうとしてもむりな話なのでまあ当然なのだが。 科目によって期間が異なるので、満遍なく緻密に時間割を登録し、かつひとつも落とすことなく課程を進めていけば最短で一年半で卒業となる。どう考えても机上の空論だがこれを成した人物をニールは知っている。自分よりも後に入学していっしょに卒業した親友兼元ルームメイトがそれだ。あれはなんと言うか、ふつうはむりだと今でも思う。なにがなんでもいっしょに卒業すると隠れ酒盛りのときに言い切ったのは見た目に反して非常に男前だった。蛇足的に言えば当時たしか十五と半分くらい。ニールが十四で入学したからたぶん合っているはず。 「なんつーか。いかにもばかな青春時代だよなー」 いちばん日当たりのいいパイプベッドにごろりと寝転がりながら苦く笑ってみる。あのころは本当にばかだった。まじめにばかをしていた。自分がいてライルがいてティエリアがいて校医がいて――まだデュナメスがいた。島でもめずらしい深緑の羽根を持っていたニールのペア鳥。大きくて凛々しくて、それでもやさしいひとだった彼女はニールの右目といっしょに四年前死んでしまった。四年。もう四年だ。ニールが校医になったのと同じ分だけ彼女はいないのだ。家に帰れば彼女の色で染めたガラス球があるけれど。それでも彼女には触れられない。これからも、ずっと。 左目を閉じればまっくらだ。顔の右を覆う眼帯も彼女の色からつくったもの。魔術師の秘色は触れたものから色をうばい、一色から多色をつくりだす技だ。だから島に白い鳥はいない。もともと島の外、北国の生まれであるニールにとって白はいちばん馴染みのある色だったのに。この島に来てからはときどき白さが恋しくなる。片目しかないニールに島の極彩色は少しだけまぶしすぎた。 最近医務室に通うようになった生徒もニールと同じだと聞いている。職員会議で話題になったのだ。病気でもけがでもなく、ましてや盗難でもない。生徒のペア鳥はきょうだい鳥と、仲の良かった桃色の鳥に寄りそわれて鳥舎の隅で息を引きとっていた。ひっそりと。デュナメスとはちがって羽根の色さえ生徒には残さずに。おそらくその色はきょうだい鳥のほうへ移っていた。 生徒はペアの死を嘆かなかった。嘆かず、ただ埋葬した。 それでも生徒は優秀だったからあたらしい鳥と組ませたのが今年のはじめ。ただもうすこぶる相性がわるいらしく実技の成績はがた落ち、基本的に人懐こい鳥のほうも彼をきらってしまっているというので組みあわせ変更もすでに三回もしているのだがどれもだめ。死んでしまったペア鳥と同じ色、同じ鳥種、似た性格。どれもだめだった。たぶん生徒が無意識に拒んでいる。与えられたものを拒絶するのであれば自ら選びにいかなければおそらく生徒は魔術師になれないままだろう。デュナメスを亡くしたニールは選べなかった。選ばなかった。魔術師としてのニールのペア鳥は彼女だけだったから。 「ニール、ジカン。ニール、ジカン」 「――――ハロ」 ぱたぱたと風を裂く羽音が枕もとに停まり、ついで聞こえてきた声にニールは目を開ける。まるっこい、オレンジ色をした小鳥。デュナメスとはちがう、魔術師のために生まれたのではない野性の鳥と出会ったのは病院だ。彼女を亡くしたばかりで鳥など見たくなかったのに、この小鳥はどうしてか毎日病室まで来てくれたのだ。ニールが退院して、島にもどろうと船に乗った後でついてきたことに気がついてそれはもうびっくりした。同時になんだかうれしかった。デュナメスの代わりではないけれど、いっしょにいてくれてうれしかったのだ。 「ジカン、ジカン。モウスグ、モウスグ」 「はは。そうだな、やっぱり来ると思うか」 「キットクル、キットクル」 「なんだ、ハロ。見てきたのか」 「ミテキタ! ミテキタ! ドカン! ドカン!」 「どかんて……それはまた盛大にやらかしたな」 うしろ手をついて上半身を起こせばハロはふわりと飛びあがって頭上をくるくると旋回、ニールの肩に着地する。出会ったころは本当にくすんだ色をしていたのだが島の花を食べてとても鮮やかなオレンジ色になった。ほわほわとやわらかい羽毛が頬に触れる。あたたかな日なたのにおいがした。 「セーンセー」 がちゃ、とドアが開けられて、そちらを見やればむき出しの腕や肩、さらした顔をまだら模様に染めた件の生徒が立っていた。 「来たな。問題児め」 「モンダイジ、モンダイジ」 「うっせえ」 ざっと確認しなくとも暫定的に組んでいる鳥のすがたはどこにもいない。落とした色をかえすためにわざわざ鳥舎に行くのは億劫で、それにさびしくなってしまうからあまり好きではないのだけれど。 生徒を椅子に座らせて、ニールは五指の先を軽く合わせて着色されたところにかざす。するりと抜けた色は手のひらに留まり、ただ生徒の色は元通りだ。深い森色の髪にブルネット、めずらしい色の目。 「おまえも早くペア見つけなさいね」 「あいつ以上にいいやつがいたらな」 「かわいくないね、おまえさん」 「必要ねえよ、そんなもん」 鋭くとがった八重歯を見せるように笑う生徒にそれもそうかとニールはうなずいて、引き寄せた色を小瓶に落としこんだ。
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