左手で支えて、右手でつかんで思いきり引っぱって、ほら、こんなかんたんに抜けてしまう。ぶちぶち、ぶちぶち。とても痛そうな音といっしょに抜けるそれにはでも興味がなくて、抜いたそばから放りだすたびにはらはらと、地球に降りたときにクリスティナと見た雪みたいに舞って散って、たぶん地面だと思っているところにつく前に消えてしまうから。はやく、はやくはやくぜんぶ抜いてしまわなくっちゃ。もう泣くだけ泣いたけどたりないし、言いたいことはまだ言っていない。あなたは強いと言ってくれて、だから強くありたくて強くあろうとしたけれど。やっぱりまだ弱いままだから。だからどうか見ていてほしいの。
「きっと、刹那はあなたになりたいんだと思う」
「きみはどうしてそう思った?」
「刹那、もどってきたときすごく強くなっていた。でもなにかちがう。わからないけど、なんとなくだけど、同じ気がする」
 本当は刹那だけじゃなくて、みんながあなたの面影を探して集めている。ティエリアなんてすごく変わった。笑うようになって、たくさん話すようになった。それに気づいたのもきっとあなたのおかげ。でも刹那はちがう。わたしがクリスティナを想うみたいにティエリアはあなたを探しているけれど、刹那はあなたを理想にしている。
「どんどん似てくるの。ぜんぜんちがうのに。あなたの弟の彼よりも似ているの」
 今までずっと刹那は世界を見たと言っていた。あなたは刹那とよく地球にいたから、彼は世界からあなたのかけらを集めたのかもしれない。集めてあつめて、そしてあのひとを連れてきた。あなたの代わりに。ソレスタルビーイングのために。
「こわいの……そう、わたし、こわいんだ。だれかがいなくなるの、こんなにこわい」
 刹那はとても頼もしくなった。でも、同時にとても危うくなった。自分だって悩みとかつらいこととかたくさんあるはずなのにぜんぶだまって閉じこめてまわりのことばかり気にしている。そうするのが当たり前みたいに。それでみんな知らずのうちに彼に甘えてしまっているから。だれかみたいに。同じようにぜんぶ閉じこめておいてけっきょくはなにかに逃げられてそれを追いかけて行ってしまったあなたみたいに。
「じゃあ、きみもいなくなるか?」
 投げ出されたひざの上に乗りあげて抱きつくみたいな格好でぶちぶち抜いて。でも痛いとも言わないでただわたしの頭をグローヴに包まれていない白い手で撫でてくれる感覚がやさしくてうれしかったのにあまりに唐突なそれに思わず抜く動作をする手が止まった。
「どうして?」
 ぺったりとくっついていたからだを離して、地球色の目をそっと見つめる。片目はやっぱり黒い布で覆われてきれいなそれはそろっていなかったけれど。やっぱりきれいだと思う。宇宙で生まれて育ったから地球の色はあこがれだった。ふわふわした髪もすき。自分の染めた髪はあなたやクリスティナが褒めてくれたからすきだった。だからずっとこの色のまま。それならきっといつまでも見つけてもらえるから。
 やわらかく細められた目を見て言葉の意味を考える。いなくなる。いなくなる。わたしがいなくなる。答えはやはりどうして、だ。どうしてわたしがいなくなるのだろう。四年前、クリスティナが、みんながまもってくれたのに。最初に生きのこることを教えたのはあなたなのに。けれどいつかはみんないなくなってしまう。わたしをふくめて、みんな。理念が実現できたときかもしれない。志なかばでたおれてしまったときかもしれない。あるいはもっとちがうかたちで。わたしもクリスティナのようにミレイナを守って死ぬのかもしれない。四年前の自分と同じ年齢のミレイナと、あのころのクリスティナには四年分たらないわたし。あなたにはもっとたりなくて。
「ねえ、ニール」
 名前。あなたの名前。ソレスタルビーイングとして本格的に活動をはじめて少ししたころにはまだわたししか知らなかっただいじな宝物。ずっとだいじにしようと思っていたもの。あなたはおとなだったから私が特別でないことは知っていたけれどすこしだけくやしくて。でもみんなにやさしくないあなたはきっとあなたじゃなかったから。けっきょくはみんなに平等にひどいひとだったけれど。
「わたしは生きていたいよ。生きるって決めたから」
 わたしまでいなくなったらだれがこのひとを呼んであげるんだろう。ロックオン・ストラトス。それはもう半分も彼の弟の名前だ。このひとを指していたものがこのひとを指さなくなる。ややこしいとかそういうのではなくて。さびしがり屋のこのひとからなにもかにも取りあげてしまって、世界はいったいどういうつもりなのだろう。くらべられたくないって言われたから。だからくらべない。同じにもしない。わたしはこのひとだけを呼ぶ。刹那もティエリアもロックオンばかり見ていたから、だからわたしはニールを見ているの。だいじにする。だってだれも想って呼んであげないから。
「……やっぱりきみは強いな」
 グローヴに覆われた手がわたしの頭をそっと撫でてくれる。くたくたになった革を越さないこのひとの体温をわたしは知らない。それほど触れ合いが多いわけではなくて、わたしはいつもハロを抱いて話をしてばかりいたから。今考えてみるととてもざんねんだ。もっとこのひとに触れて、このひとの手のひらを覚えておければよかったのに。
「強くないよ。わたしは強くない。だってあなたが前に進めって言うから、わたしは強い振りをしているだけだもの」
 パパとママが死んでしまって、ソレスタルビーイングはわたしの家になった。プトレマイオスに乗っているひとたちは家族になった。このひともそうだった。ロックオンもだいじな家族で、けれどわたしはニールをすきになった。あのときも想いが恋だったのかあこがれだったのかはよくわからない。でもわたしはたしかにこのひとがすきだった。
 きみは強い女の子だよ、なんて。あなたはわたしを撫でてくれるけれど名前は呼んでくれない。死んだひとに呼ばれても返事をしてはいけない。そのことを教えてくれたのはあなただった。だからわたしも呼んでなんてわがままは言えない。ぜんぶわたしのためだから。わたしが生きていくためだから。それなのにわたしは未練がましくもこのひとの背中から生えるものをなくしてしまいたくて必死に手を動かす。訊いてくれたらやめる口実になるのに。自分でやめられるほどわたしは強くない。
「羽根……」
「ん?」
「あなたの羽根、ぜんぶむしったら飛べないから。そうしたら、またいっしょにいてくれるかなって」
 前にあなたが教えてくれたでしょう。鳥がいなくならないように、飼うときは羽根を切ってしまうんだって。あなたは鳥ではないし、飼うなんてできるはずもないけれど。
 わるいことをしているのにあなたは止めないから。けっきょくあなたのせいにしてわたしはぶちぶちと引き抜いたそれを放りだす。なのに全然減らないから。夢のなかでもやっぱりニールはみんなに平等にひどいひとだ。






オゾン色の鳥を見た
そういえば、手紙は読んでしまったのかしら