彼女はかみさまだった。世界を見るための窓。世界にいるための鎖。名前をくれた人。神に己の生を感謝する絶叫。アレルヤ。けれどぼくが本当に感謝すべきなのは彼女だった。だから彼女はかみさま。このからだの名前を呼ぶ声がするそれは彼女への祈りになる。同時に呪いだった。彼女を置いて逃げたことへの罰。彼女は責めない。ただ赦す。責めない彼女に祈るための呼ばれる名前の呪い。彼女を見捨てて得たのは鎖がからまった自由ともうひとり。かみさまに祈るための名前があるこのからだに生まれたもうひとり。神を讃える歌。ハレルヤ。彼女にもらった名前とはちがう。讃歌をうたうのは他人ではなく自分ひとり。神を讃えよ。だからもうひとりはかみさまなのだ。彼女とはちがうかみさま。けれどふたりともぼくと同じヒトだった。完璧ではなく、不完全。だからこそ彼女ともうひとりにぼくを救ってほしいとは願わなかった。ただ助けてほしいだけ。
 だからきっと彼はきっとヒトではなかったんだと思う。彼。あの人。ロックオン・ストラトス。神以外の制空権を認めなかった彼はたぶん地球色のかみさま。彼女やもうひとりとはちがって曖昧で気まぐれでなんでもできるのになにもできないふりをして口ではなにもしないと言いながらなにもかもをやってしまって求めていなくても助けてくれて救ってほしいときには平然と無視をしてなにもしてくれないのにぜんぶを見透かしてぜんぶを黙っている人。他人になんて興味がなくてぼくらやソレスタルビーイングなんかよりも大切にしているものがあるのにいつだって他人ばかり他人事ばかり優先していた人。ぼくらはそれを知っていたのに彼のことを本当はなにも知らないのに彼はかみさまみたいにぼくらの気持ちを知っているんだと知っていたからちゃんとまもってくれると思っていた。うたがいもせずに。ぼくらはみんな彼に優しくしてほしくて優しくしてくれるとわかっていて実際に優しくしてもらっていたからみんな彼をヒトと勘ちがいしていただけ。彼はなんでもできたから望んだまま願ったまま祈ったところでなにもしてくれない神ではないぼくらと同じヒトだと思っていた。けれど彼は酷くて。あんまりなくらいぼくらと同じで。かみさまみたいになんでもできたのに彼は彼に助けてほしかったぼくらと同じだった。
 それなのに刹那やティエリアをはじめとするみんなは今でも彼を追いかけている。彼だけの痕跡なんてどこにもないのに彼の残像を追いかけている。彼が絶対に正しいのだとして彼の望んだことを成し遂げようとしている。遺志を意志に摩り替えて。本当は正しくなんてないことを知っているのに正しいことのように振る舞っている。それ以外を知らないみたいに。不安と矛盾から救ってほしくてだいじょうぶだと背中を押してほしくて世界の正解を教えてほしくてもう彼はいないとちゃんとわかっているのにぜんぶではなくても理由のひとつに彼がいる。彼はなんでもできたからたとえ成功率が低いことでも彼ならできるとやってみせると言うだろうからきっとできると思っている。彼がいなくてもできることには気づかないふり。だって彼は本当になんでもできたから。
 まるで彼が手を放してくれないのだと錯覚している。本当は、きっとあの歪んだ場所に置いていきたくないだけなんだろう。






神様幻想
完璧なあなた。あなた。どうか僕と混ざらないで。