めずらしく拠点の無人島から経済特区東京に出てきたロックオンと遊歩道を歩いていたらどこかからかアナログなペーパーカレンダーを飛んできたので思わず踏みつけた。もちろん意図してではない。長方形のタイルが敷きつめられた地面を踏むタイミングと偶然重なっただけのことだ。両端がくるんと反りあがったカレンダーに足跡がひとつ。これでも立派に存在証拠になりえるのだと言ってそれはロックオンが拾いあげて、けれど近くにダストボックスがなかったので何度かたたんでジーンズの尻ポケットにねじこんだ。ごみなのに、と思わないではなかったけれど次々もたらされる話題に気を取られてカレンダーのことはすぐに意識の外だった。 うっすらとした鉄くささにふりかえる。嗅覚による情報取得は迅速ではあるがそれは能力が際立っているからであって自分よりも広い視野をもつロックオンならばすでに感知していると見たからだ。なによりもペアで行動している以上指示をあおぐ必要がある。基本的に戦術予報士が不在である地上においては彼が指揮の全般をおこなうのが暗黙の了解だった。 「ロックオ――――っ」 「ん? なに、どした?」 きょとんとした様子に逆にぎょっとして咄嗟にひくくかまえる。警戒のレベルを上昇。尋常でないそれを当然察してロックオンは表情だけは変えないまま声をひそめてささやくように唇を動かした。 「なにを見つけた」 「その傷はなんだ」 「きず?」 なおも首をかしげる男に右目の下だと教えてやる。おずおずと指先が傷口に触れるがグローヴにさえぎられて感触はうすいようだ。ぱっと見てもぱっくり裂けているそこを痛がる素振りもなく何度も往復して撫でる。 「あー? なんだこれ、もしかして切れているのか」 「狙撃か?」 「いや、ありえないな。第一銃弾もナイフもかすってねえよ」 傷に触れながらロックオンは一瞬眼球のみを動かして視覚情報を取得。たったあれだけで一八〇度以上の視野が得られるのだから狙撃手というのは天性のものだと思う。臆病者なだけだと当人はよく言っているが彼の援護射撃ほど頼りになるものもない。遮蔽物のない荒野や空中などはもうほとんどがロックオンとデュナメスの狩り場だ。 「気味わるいな」 出血も痛みもないんだぜ、とロックオンは肩をすくめるが。警戒しているのが文字通り痛いほどわかる。空気がぴりぴりと張っていた。白兵戦の訓練はもちろん受けているが不可視のものが相手ではいくらなんでも分がわるすぎる。 「仕方ない。散策はこれまでにしてしばらく籠城だな。わるいがしばらく泊めてくれ」 「かまわない」 断ることでもないので寝床を提供する。いくらなんでも各国各地にセーフハウスを所有しているわけではないので必要があれば共有、あるいは貸与して当然だ。自室に他人がいて気にならないわけではないけれど以前は相部屋だったことのある相手なので眠れないということはないはず。こちらの生活習慣もどうせスメラギ・李・ノリエガあたりから聞かされていそうだから気にするべくもない。 考えるべきは食糧のことだがロックオン自身が籠城と言っているのだからおそらくデリバリ。自分よりも気がまわるのはたしかなのでこちらが考えずともどうにかするだろうとあたりをつけてふたたび歩きだす。長時間留まることは危険だ。 「てゆか今日寒くね? おまえそんな薄着でだいじょうぶ?」 「さむい」 「うん、ばかだな」 がっちりと頭部をつかまれて彼が身につけていたマフラーをストールの上から少しきつめに巻きつけられる。それだけで首もとがずいぶんあたたかくなって微妙におどろいた。その過程で先ほど踏んだカレンダーと、すれちがった三人組の子どもを思い出す。自分よりも年下の少年とさらに年下らしい鞄を胸に抱えた少女。べつにめずらしいことでもない。うまく安定しないマフラーを最終的に蝶々結びにしようとしたロックオンの手をはたき落とすと同時に三人組のことも忘れることにした。
カザカマ |