ゆめを見た。
 それはもしかするとティエリアがそう思っているだけで本当はゆめではないのかもしれないけれど暫定的にゆめと思うことにした。なぜなら自分はゆめを見たことがなかったから。整理されるべき記憶、一般的に言うところの思い出を持たないのでゆめを見る必要がない。思えばティエリア・アーデのルーツもルートも知らなかったが自分はヴェーダのためにあるこだけは強く明記されている。だからあらためて見たものが現実なのか判別できなかったのでティエリアはゆめと思うことにそれをした。
 ティエリアは展望室にいた。パイロットスーツではなくつまらない私服で、ガラスに似た強化透過板に触れて宇宙をながめていた。ながめながら、あるいは視界に入れていただけでなにかを考えていたようにも思う。しばらくもないうちにロックオン・ストラトスがやってきてひとり分空けたところにならんで立った。ふしぎなことに自分はそれを不快とは思わずそれ以上に気遣わしげですらあった。気障りではなく。気にするという点では同じでもゆめに見たティエリアはまるで自分ではないようだ。ロックオン・ストラトスとはぼつぽつ会話をしたと思う。それさえ雑談でも、ましてや事務的なことでもなくて。そうしてロックオン・ストラトスは展望室を去っていった。彼を振りかえったとき顔の右側ほとんどがぽっかりとした黒が凝っているのを知覚した瞬間に目が覚めた。

「――以上です。これはどういうことですか。あなたの意見を聞かせてもらいたい」

 ティエリアはゆめを見ない。だから睡眠時に見て脳に記憶されているヴィジョンをあつかいかねた。半永久演算機関であるヴェーダには夢のデータはあれどゆめに対応する範例は蓄積されていない。機械であるヴェーダに人間のような自己矛盾は不要だ――もちろんティエリアにも。
「ロックオン・ストラトス。あなたにはわかるはずだ。なぜあのようなものを見たのか、その意味を」
 明確な論だ。そして頓珍漢である。
 自分はゆめを見たことも見る覚えもなく、そしてゆめに見たのは今目の前にいる男だ。わかりやすく、理解しがたいガンダムマイスターのまとめ役。ティエリアの役目が監査であるな彼の役割は監視だ。見ているだけ。ひろい目を持つ狙撃の手にゆだねられているのはガンダムマイスターが介入行動中に反旗をひるがえした際の粛清。またロックオン・ストラトスが組織を裏切った際には独立型支援AIが自己判断で自爆するようになっている。自己判断というところに不安がのこるが現時点でその論議は不要だ。あくまでも必要なのは時としてロックオン・ストラトスはティエリア・アーデ以下ガンダムマイスターだけでなくプトレマイオスクルーの実際を実像として本人以上に理解している節があるということだ。
「それとも答えられませんか」
 言葉を重ねて問う。ロックオン・ストラトスはいつになく無表情だ。表情が凪ぐ。いつも意味なく笑っている印象がある男だがそうでもないらしい。表情が無く。けれどどこか泣き出しそうにも見えて。表情を薙ぐ。ロックオン・ストラトスは普段通り印象通りに重さのない笑みを口の端に乗せた。
「願望でないなら未来だな」
「抽象的すぎて意味をわかりかねます」
「わからないならわかる必要がないってことだ」
「納得できません」
 自身がかかわることであるのにわからないでいいなど納得できるわけがない。なによりこのような口ぶりからして男はゆめの意味を理解しているのだ。その上ではぐらかしている――ばかにされているとしか思えない。
「ロックオン・ストラトス、あなたは――――」
「おっと。それ以上はなしだぜ、ティエリア」
 唐突に唇に伸ばした人差指を押しつけられてはだまらざりよりほかない。今すぐふりはらってもかまわなかったがそれよりも先にずるいおとなが口を開けた。
「なんてこたぁない。べつに、おまえのせいじゃないってことだ」






夢拾夜
しらずしうのゆめにこてふとなれるか、こてふのゆめにしうとなれるか。