すー、と。なだらかな峰をつくる背筋に指先をまっすぐ走らせる。健康的な小麦色の肌はなめしたようになめらかだ。筋骨隆々なからだは女性のそれのようにやわらかくはないが指先の感触は楽しい。類似としては手ざわりのいいレザーみたいな。
「いい加減にしやがれ」
 こちらが勝手にはかっていたタイミングではらいのけられる。うつ伏せていた顔を上体ごと持ちあげて鬱陶しそうににらみつける黄金睛には普段のような苛烈なひかりはなくてどこか胡乱だ。時刻相応にねむいのかもしれない。とりあえずくすぐったかったらしいのは予想通りだ。上から下へ。下から上へ。指をすべらせるごとにぴくりと震えが走っていたからそんなところだろうと思っていた。今はグローヴをしていないから摩擦は少ないはずだけど。
「案外多感なんだな」
「殺すぞてめぇ」
「なんだよ、事実だろ。それよかおれはおまえさんが不感症でなくて安心しました。痛みは生命活動におけるアラートだからな」
「ふ、ざ、け、ん、な。おれらにだって温痛覚くらいある。必要時にゃ閉じるか無視かするけど」
「こら。そういうときは無視すんなって」
「それに関しちゃそっくりそのまま倍にして熨斗つけてかえしてやらぁ」
 微妙に矛盾していることはあえて指摘しないでとなりに寝転がる。セミダブルのベッドはふつうに手狭だ。おたがい決してお世辞にも小柄とは言えないだけにそれはよけいだ。空調のおかげで寒くも暑くもないのが幸いで。暑いならまだしも寒いからと男ふたりがたがいを抱いて寝ていたら視覚的に気持ちわるいしそれこそ楽しくない。これについては意見が一致している。今さら抱き枕がほしい年ごろでもあるまいに。
「つかさっきからなにしてやがる。ひとの背中さわりまくりやがって」
「いいからだしてるなあ、と」
「やっぱ死なす」
「そいつは勘弁」
 両肘をついてホールドアップ。ここでまぜっかえすといろいろ面倒になることは経験上知っている。身でもって。
「んで?」
「いや」
 ちらりと横目で見るなめらかな背中。一本まっすぐに走る背骨はしなやかなからだを支えるためのものだ。支芯。いくつもの骨片がつながって、最重要器官をまもるために突き出た骨がある。ありもしない翼のなごりだという箇所が体勢によって盛りあがったことでできた窪みに影が差す。一定のテンポで上下するのは生きているからの当然で。
「背骨っつうか肋骨? に指引っかけて引っ張ったらぜんぶ持ちあがりそうだなあって。そんだけ」
「なんだそれ」
 鋭い面差しの黄金睛が見開かれる。こちらをばかにするのではなくて純粋に不思議がっているのがなんだか意外だ。迷いはしても躊躇いはしない性質をしているのでそれもまた順当ではあるが。
 重ねた腕を枕にして整った顔を寄せられる。下世話な表現をするならどちらかが首を伸ばせばまちがいが起きる距離。正解さえないのは承知している。ぱちん。そんな音がしそうな風に空気にさらされた睛がまたたいた。
「あ、ホネヌキってやつか?」
「……そうかも」
 言葉の選択としては不適当だがニュアンスはしっかりそぐっていた。実際なんでもないことをなんでもないように納得したのをながめながら欠伸を噛み殺す。日付は変わってしまったが明日も暇ではないのだ。シーツもぐろうとしたらぎゃんぎゃん暴れだしたので文句の返応に頭だか背中だかをゆるやかに撫でてその夜はねむった。






ヒトの龍骨
なだらかに、なだらかに