エージェントに連れられてわざわざラグランジュ3までやってきたGNドライヴ002マスターはまだ十代の青年で、それはもう猫のようなやつだった。基本的に借りてきた猫だし不用意に近づけば猫みたいに毛を逆立てて警戒するしけれど会話をする上では何匹もの猫をかぶっている。まさに東洋の国々に隠れて存在するらしいバケネコそのものだ。すんなり伸びた手足やからだの動かし方は人間力学的に見ても異常なまでにしなやかで。工学畑である自分でもみごとと思う肉づきに惚れぼれする一方で思春期に碌な育ち方をしていないことが見てとれた。なによりも荒みきった目が痛々しい。曲がりなりにも子があるおとなである自分にとってはとくにそれはひどいものに思えた。ここ十何年かはGNドライヴに付き合ってほとんどを宇宙で暮らしているから見飽きつつある地球色、それが汚染でもされたかのようににごっていた。にごりきった地球。ゆがむ世界。それはソレスタルビーイングが来たる日に終止符を打つことを掲げたものだ。地球の汚泥を凝りかためたような目をした子ども。人の親となった今だからこそわかる、GNドライヴ002マスターは見てくれはおとなの部類であっても子どものままで停まっていた。むりにたたきあげたような精神状態はいずれこわれる。外側ではなく内側から。Eカーボンと異なり人間は肉体も精神も均一な原子配列になどなりはしない。育つことをやめた子ども。ただ強度と見てくれだけを求めてできあがったいびつな鋳型。不純物が混ざった鉛が使いものにならないのは自明の理だ。どうあがこうとも玉鋼になどなれはしない。それでもこの子どもはそれだけを盾にして生きていたらしい。難儀にも。憐れにも。けれど所詮は大量殺人者のなるのだから憐れんでみたところでどうしようもないことだ。自分の手は娘を抱きあげ妻を愛し親友同僚の肩をたたくのと同時に何千何万という人間を殺すために兵器をつくっているのだから。

 カレルを動かすハロたちとともにガンダムを整備しながらふとそんな昔のことを思い出した。五年にも満たない時間ではあるがロックオン・ストラトスを名乗るニール・ディランディに目をつけたのは実はスメラギ・李・ノリエガよりも先のことだ。あのときはどういう相手なのかが気になってモレノやヒクサーといっしょにロックオンを尾行し観察するグラーベを尾けたりしたのも今では笑い話程度の愉快な思い出だ。それを酒の肴にできるのは自分をふくめて三人しかいないことが時おり思い出したようにさびしくなる。
 加入当時はどうかと思っていたが今ではすっかりマイスターのリーダー格に収まっている。なによりもトレミークルーのなかでは自分やモレノに次ぎラッセとならんで古参ということでプトレマイオス全体の緩衝材役にもなっているらしい。あの猫かぶりが。人当たりの良さは段ちがいになっているが昔の(というよりも初期の)あれを知っている身から言わせてもらえばたんにかぶる猫の柄を変えただけに過ぎないようにも思える。もちろんそれだけではなくて性質として世話焼きがあったのだろうが今までは彼が最年少であったために世話を焼かれる立場にあったのも原因していると思われる。しかし概して人間の心情的なことは専門外なのでどれも推測と経験論だ。
「ロックオン、ネコミミ! ロックオン、ネコミミ!」
「こらハロ。よけいなこと言うなって。ひげ書くぞひげ」
「ヒゲ! ヒゲ! アアアアア!」
「あ、こら待て!」
 突然ドッグに来たかと思えばせまいキャットウォークで器用にUターンしてばいーんばいーんと跳ねていくハロを同じように追いかけるロックオンの頭にはたしかに耳のようなものが生えていて。そういえば昔も場を和ますためにああいうレクリエーションアイテムを片手にからみに行ったこともあったがそれは彼が無愛想というほどでもないがまるで死人みたいな顔で笑っていたから(発案がだれであったかはとうに忘れた)。今では率先してコミュニケーション能力に欠けるマイスター三人にからみに行くようになったのは成長かもしれないが。
「なにやってんだ、あいつは」
 OS面の整備が終わってひまになったのはわかったがひまならひまで手伝うなりべつの場所で遊ぶなりしろと怒鳴りたいが生憎と今はアーク溶接の最中で。仕方なしに頭をかいて、近くにいた複数のハロをおとなの振りをした子どもにけしかけてみた。





手のひらの火傷にサヨナラ