イノベイター。それはヒトを模したヒトではない生命体。二十二世紀の科学者イオリア・シュヘンベルクによってデザインされた超人類というべき存在がアーキタイプであるリボンズ・アルマークによって生成されたらしい。意図、目的、用途はあるようだが彼以外のイノベイターはおそらく〈イオリア計画〉遂行のためとインプリティングされている。そしてそれは正しいのだろう。彼ら八人――現状として六人にとってすれば。けれど自分ともうひとりは用途が異なる。
 自分のモデルになった人物をニール・ディランディというらしい。十年以上も前にテロで家族を亡くし、憎悪と復讐の炎にかられて銃を取り、ソレスタルビーイングにてガンダムマイスターとして活動しつつ果ては間接的に己の仇によって死んでいった男。
 そのひどく人間くさい生き方に興味を覚えたらしいリボンズは観察対象として自分ともうひとりを生成した。遺伝子情報は緊急用にと保存されていた輸血パックから取得し、それを参考にしたそうだ。ガンダムマイスターのレヴェル・セヴンの情報はアナグロなかたちで生きていたというのだから人間も利用価値があるねというのが彼の意見。イノベイターは慣例として二体一対で生成されるのでふたり。そして最新あるいは最終のニール・ディランディに近似させるために右目をつぶされたのが自分だった。そのため自分はモデルの名前をそのままにニールと呼ばれている。知りえるはずのないニール・ディランディの個人情報――それこそ彼のルーツにいたるものまでもが記録としてあるのはいわゆるたましいというものがフィードバックされたから。これについてはリボンズもひどく懐疑的であったけれど肉体が容れ物でたましいにかたちが存在するのであれば可能性はゼロではないなんて言ったのがリジェネ・レジェッタで。エジプトの復活思想、東洋の輪廻転生思想などまあ考えられないことではないそうなので今のところ自分は観察対象標本のイノベイターとして置かれている。戦闘用ではなく。それはもうひとりの仕様だ。もちろん自分だって戦闘用ではあるけれど。
 時が来ればたたかうだろう、かつてニール・ディランディが所属していたソレスタルビーイングと。ファーストフェイズは彼らの壊滅で終了と聞いている。セカンドフェイズが着々と進む今、サードフェイズへ移行するためにもまずはきっちり彼らをたたかなくちゃと言ったヒリング・ケアは楽しそうにしていた。自分にはよくわからなかったけれど。
 自分が稼働をはじめてまだ二年と経っていない。もうひとりより一年遅れて目覚めた自分はニール・ディランディのもっていた記録のフィードバックに時間がかかったのだろうと推測された。思えばなぜ自分だったのか。ブリング・スタビティは同じだからとみじかくも適切と思われる論が呈された。やはり最期に近似しているほうがたましいも迷わなかったのか。
 とにもかくにも自分は順番的に見て三番目。三人目のニール・ディランディ。けれどニール・ディランディは一卵性双生児だったという。天然のクローン体。遺伝子上同一人物。ドッペルゲンガー。イノベイターの一対のように塩基配列を同じくすることなく同一として生まれる奇跡。あるいは災厄。あなた方のようなものが人間としてあったなんて信じられませんときっぱり言ったリヴァイヴ・リヴァイヴァルだけど結果として同じ顔が三人もあるのは気味がわるいのではないだろうか。自分ともうひとりはそうやってつくられているからべつに問題はないとして。そんなにいやなら髪を切るなりすればいいと提言したのはデヴァイン・ノヴァで、それもいいなあと考えたら察知したもうひとりに頭をかかえこまれて全力拒否されたのも記憶にあたらしい。あきらか成人の見た目でおそろいがいいとかどうなんだろう。すこしくらい変化をつけなければ鬱陶しいと思うのだがニールはかわいいからだいじょうぶ! なんて。同じ顔に断言されたところで信憑性はひくい。むしろ自分は憂い顔がデフォルト化しているそうだからそうやって笑っているもうひとりのほうがずっとかわいいという言葉が似合いそうなものだがそう考えた瞬間に否定されるのだからイノベイターにプライバシーはないようだ。そもそもプライバシーという単語が出てくるあたりがニール・ディランディの記録なのだが。

 抱き合うようなかたちで正面から首にかじりついてぐすぐす言っているもうひとりの後頭部を慣れない手つきで撫でながらため息をつく。イノベイターにしては感情過多な(否、イノベイターに本能も理性も感情もないけれど)もうひとりはたびたびこうして泣かされてくる。相手はヒリングだったりリヴァイヴだったりリジェネだったりとさまざまだが今日は泣いているというかぐずっているばかりでだれになにをされたかはさっぱりだ。伝わってくるのも自分の名前で埋めつくされていてなんの役にも立たない。けれどその無力感はもうひとりには伝わらない。
 よくもわるくも自分に思考隔壁があるのはニール・ディランディの記録のせいだ。モデルになった人間のかたちがあるから自分は第三者的な目で自分たちを見ている。これは裏切りなのだろうか。けれど自分はイノベイター(だと思う。相互的リンクはあるしヴェーダの閲覧は見たことがないからわからなくても)であってロックオン・ストラトスであったニール・ディランディではないからよくわからない。いくら自分が三人目のニール・ディランディであってもけっきょくは人間なんてわからないから。そもそもイノベイターに自意識と呼ばれるものが存在するのだろうか。つくられた自分たちに。本当は存在し得なかった自分ともうひとりに。
 ニール、ニールニールニールニールニールニール――――――
 ゲシュタルトが崩壊する。自分を指しているはずのそれが無意味な単語に聞こえてくるのがひどくかなしい。確固たる名前をもたないもうひとり。とある人間に名づけられていたそれで呼ばれる自分。呼びかけるという行為を必要としないはずなのに固有記号さえもたないことがひどくかなしい。本当はかなしい振りなだけ。ヒトを模してパターン化された感情表出の選択。所詮はヒトではないから。イノベイターは人類を外宇宙へいざなうためにつくられた。けれど外宇宙なんてものが本当に存在するのかを知っていたのはイノベイターをつくったただひとりだけで。
 ぎゅ、ともうひとりが自分を抱くちからをわずかに強める。思考を埋めるノイズ。ヒトの言葉をあてがえばおそらく独占欲というもの。よくわからないけれど。求められることにはなんとなく不慣れな感じ。きっとこれもニール・ディランディの記録。一人目のニール・ディランディはだれかをあいしてばかりいたから。でも自分はやはりニール・ディランディを模しているだけでニール・ディランディではないからどうやってあいしてあげればいいのかわからない。前提として人間は真似るに実に不可解だ。自分にとっては不愉快でなくとも。
 だから。






シャングリアより恨みを込めて
生まれたくなかったと後悔するほど私はまだ生きていないけれど